案外一斉授業はなくならないのでは

アップルの新製品発表を旦那が聞いていた。発表者の話すその音だけ聞いたら、ずいぶん面白い。音階が広いというか。間が面白くもある。つい聞いてしまう音で、スピーチをしていた。言語はどうしたら人に聞かれるかといえば、この音のバリエーションだろうなあと思う。

 

これだけコンピュータが発達しているのだから、一斉授業はなくなるだろうなんて聞く。たしかに形態は変わっていくだろうし、それが学習だけ見れば最善にも思うが、大勢が一人の話を聞くというのは、何だかんだで残るのかもなあとふと思う。そのための技術があることに気付き、最近ちょっと面白いからだ。

 

さっき、英語の落語を聞いていた。桂サンシャインさんの。枕という短い時間で、落語家は何を話すのか、客の様子を見ながら、客とやり取りしながら、割りだして決めるのだと言っていた。

 

本当?私の聞き取りで合っている?私はてっきり、その日の演目は事前に決めて、何なら歌舞伎のように、告知している物だと思っていた。だけど客の様子を見て、その日の状態から、その場で噺を選ぶのが本当だとしたら、これはすごく面白い。

 

私も授業をそうでありたいなあと思っている。実際はその日やる内容は決まっているし、その日使う教材も全部準備して子供の前に立つのだけれど、子供の前に立ったら分かる、今日はだらけてんな、あるいは今日は事前に何か叱られたな感。

 

天気が悪い日は、総じてローだったり、天気の良すぎる日は、これまた眠そうだったり。その様子を見て、枕としてちょっとやりとりして、じゃあ今日はこれをやろうとその場で選べたら、それこそ一斉授業の醍醐味だなあなんて、憧れる。

 

残念ながら、あまりにやることが多く、私はカンペを用意している事が多い。その時間にすべきことのチェックリストをいつも持ち歩いている。非常につまらない。ノルマに追われる授業。

 

我が子の授業参観に行っても、先生は緊張からか、同様にノートを見ながら授業をすることがある。気持ちは分かるが、地味にいい事がないのが、客観的に見ると分かる。

 

ノルマは少なく、自由度は高く、引き出しは多く。これが一斉授業が面白くなるポイントだろうなあ。レクチャーも、出し物も、コミュニケーションなんだ。コミュニケーションが取れていると、面白い。