仕事が山を越えたような気がする。状況も環境も変わっていないのだけど、実は折り返しに来たに過ぎないのだけど、体感的にぐっと楽になってきた。

 

と、同時に、私も「来年は継続しない」と上司に意思表示する機会に恵まれ、ある意味契約の残り時間どうなってもいいと気が抜けた感もあり、またこれまでの蓄積で慣れた部分も相まって、ようやくここにきて、自分らしさを出しつつ、等身大に近い状態で仕事ができるようになってきた感がある。

 

思えば何も自分のオリジナリティが出せない状態で、意見すらできない状態で、言われたことを忠実にコピーして立ち振る舞うことが求められ、立場は限定的で弱いのに、常勤と同じ権威を持たなきゃならなかったり、舐められないようにと気を張らなきゃいけなかったり、まあ~色々しんどかった。

 

さて、来年度。具体的にできない理由がない限り、ごり押しされて契約継続しそうな気配がある。私が口約束で締結したはずの条件は、ほとんど踏み倒された。何とか死守できたのは、他の案件が入っていて、物理的に無理な曜日だけ。だから、具体的にもうできない曜日を作ってしまった方が吉だなと感じる。

 

ところで私は最近鉱物のことしかブログに書いていない。また、ネット外では旦那がくれた鉱物図鑑ばかりを見ている。何がそこまで魅力なのか、家族はとんと分からないらしい。が、私は子供の頃から石が大好きだ。

 

駐車場、寿司屋の軒先、墓場、河原。石があるところある所で、大興奮だった。拾ってよい場所では、石拾いだけで3時間過ごす子供だった。人生のはじめに、人類にとっての宝を知ったと自分では思っていた。もうゴールじゃないかと。

 

鉱物学の本を読んでいると、ダイレクトに大地に繋がる感じがする。大地の動きを感じられ、ひどく安心する。

 

人の中にあって、どっか疎外感を感じ、何か自分と同じだと感じることが少なかった自分にとって、おそらく仲間と繋がりたいと思うと、なぜか人でないものを求める。それが正か誤か知らないけれど、木々よりも、地球のマントルの動き、鉱物は、仲間意識が強い。最終地点という感じがする。木々はそこから枝分かれした、従弟、ハトコといった遠さが。

 

この疎外感は全部私の人生を貫いていて、障害児教育に携わり、そこでの気持ちよさもそうだ。その直前に私はアメリカに住んでいて、帰国して、電車の中、みんな座高が揃っていて、髪の毛が黒いことで揃っていることに、恐怖を感じた。おかしいんじゃねえかという程のバリエーションの中では、自分もまた自分でいられた。アメリカから日本に帰国して、自分の形が探せず、摂食障害になった。

 

その後外国にいたいという気持ちで、障害児教育に入った。最初はボランティアとして。自分とは違った、しかしどこか理解できる距離の先にある物の見方、感じ方、言葉の下のコミュニケーション、それは本当に清々しかった。

 

今色々なジャンルを体験しよう、知識を増やそうと結局一番近くにあって、一番遠かった健常児の教育に携わっているが、冒頭に書いたように、来年度は続けない。不思議だ。自分も健常者とカテゴライズされ、定型発達と思い思われているのに、彼らは何だか一緒にいて、時々しんどい。何をされるわけでもないのに、何故だろう。

 

地学の本を見ると、駐車場に何時間もしゃがみ、石を拾っていた原風景に帰る。生まれて一番初めに魅せられたもの。ただいま。

 

見る人から見れば、私は自閉圏の人間なのではないかなあとは思う。

 

来年度、家の大黒柱の旦那は病休に入る恐れがあるのだが、大学で地学や鉱物学の科目等履修をしたいなあなんて思う。調べてみたら、もう出願期間が終わっているものの、放送大学で面白そうな科目がある。新年度の募集が始まったら、覗いてみようかなあ。

 

最近同級生の友人が、自分がなされた教育を見直している。そういう時期なのかもなあと思う。私は両親とも働いており、小さいころから、食えないことはしない、という暗黙の何かがあった。親はそれを押し付けたつもりはないのだろうが、どこか、一点集中の自分は、食えないだろうものを鼻から触りもしない、ずいぶん脆弱な人生を送って来た。

 

鉱物学は食えないだろうなあ。今さらどこかで非常勤の教鞭がとれるほど、学歴を積めるとも思えないし。でも、落ちている石を見て、この光っているのは何で、この透明な部分は何だと言えれば、もしかして、あの頃の自分から、ようやく一つだけ、大人になったって言えるんじゃないかなと。