人に嫌われるとかぐちぐち考えないから最強のターコイズ、終着駅のラピスラズリ

ラピスラズリ、私は昔から石酔いがあり、身につかない石でした。鮮やかすぎるウルトラマリンが、常に覚醒を余儀なくされる感じで、落ち着かなかったのです。

 

さて、今週自分の仕事はギリギリでした。これから先の数か月、①地獄か、②そこそこに平穏か、の分岐点だったと思います。とにかく自分を落ち着けて仕事場に向かうためのお守りにと組んだ布陣が、モリオン、ラピスラズリ、軟玉(ネフライト、ヒスイ)。パワーストーンに詳しい人からしたら、笑われそうな布陣ですが、平たくいうと、究極に強そう。

 

その日の前日にターコイズを持ちました。実はターコイズも平素身につかない石です。ネイティブアメリカンのジュエリーに多様されているし、ファッション的にもカジュアルに無理なく取り入れられるので、好きだったらいいなと思うのですが。

 

どうも、ネイティブアメリカンの戦士のイメージがあるのか、自分の平素より、ポジティブさ、アグレッシブさ、マニッシュさを求められる気がして、身につかない石でした。タロットでいうと、ワンドのイメージかなあ。その要素が自分にはあっても、そこまで頑張れない、そんな感じ。(伝わるか)

 

しかしこの日非常にターコイズがしっくりきました。いつもサッカーでいうとディフェンス性格の自分。ですがこの日はオフェンスを務める必要が。ボールをこぼしても、拾わない。それくらい楽天的かついちいち面倒臭いのを拾わない意識で勤めたい。細かいネガティブな人の感情は受け付けたくない日だったので、ターコイズは良かった気がします。

 

私はいじめられっ子だった経験もあってか、人に嫌われる、陰口を言われることに、過剰に気を払います。ですがターコイズを持つと、それがあってもだから何だ。嫌われようが、陰口を言われようが、自分には全然響かない、という事に気付くというか。

 

そのスタンスでいると、嫌っている相手が恐らくみじめになってくるので、自然、その火は収まるというか。なので、人の感情が面倒くさい現場にいる際、繊細に人間関係を織りなす色の石より、そんな心配りじゃ到底切りがない場合、ターコイズで一種耳をふさいでマイペースにマイウェイをどっしり行く、それが結局すべての解決、というのを学ぶ気がします。うん。

 

翌日、ターコイズを再び身に着けようか考えました。が、今日の不安要素からすると、ちょっとターコイズのセルリアンブルーは楽天的すぎる。抱えていた問題の終着地点になりそうなその日、ついに今日はラピスラズリだなと感じました。

 

普段キンキンとして、落ち着かず、どうしても付き合い方が不明だったラピスラズリ。この日ばかりは不思議で、ラピスラズリ身に着けた途端、ふーっと力強いものに守られていると感じ、緊張が抜け、何なら眠くなってきました。緊張とストレスで滞っていた内分泌系がリラックス状態に戻る感じがしました。あくまでプラシーボかも知れませんが、いい悪いでいえば確実に良い方だったので、よしこれで行ってみようと。

 

いつも人前で自分の信念的なことを決して言語化なぞせず、どっちかというとビビりで舐められるタイプの人間である私ですが…。この日ばかりは自分の信念的なもの、軸的なことを口にしなければならず、そしてそれができたように思います。実は、その部分に曲がらない生き方をしてきたので、トランプのように自分の真の部分の出し合いになったら、私は負けないのです。初めてかなあ、職場で、こんなことしたの。

 

まさに、自分の中の父性に出会う感じでした。自分の中の父性に自信を持つ日でした。同時に、この職場は父性が要るとも感じたし、人におもねらないスタンスって、孤独のようで、孤独じゃないんだなと不思議に感じた。この世には、父性が足りていないんじゃないか、とも、帰り思っていました。軸というか。芯というか、真というか。

 

とても学びのある体験で、平素からラピスラズリを持ち歩こうかなとも思ったのですが、多分ラピスラズリは自分の中の終着点で、余白ない状態を与儀なくされたときに、そこまでしてようやく、スポットが当たり、音を出すのかなと。

 

リラックス時はあえて外した方がいいかなあと迷い、今は外しています。

 

 

今も目の届くところにありますが、やっぱりいつもより惹かれます。きれいだなって心から思う。