私は仕事をする人じゃなく、飯を作る人をメインにしたいとか思う

10代は、模倣の時期。上手だと思った絵は無意識的に真似をしていた。真似をしても、例えば運動や算数など、どうにも出来ないものも知った。だんだん自分のイメージができてきた。何が得意か。何が苦手か。(後々、時期尚早に自己イメージを固めすぎなんだなとも知る)

 

20代は、がんばれば何でもできる気がした。一方で、世の大人の言うことは、必要以上に正しいとも思い込んでいた。何か一つのことを頑張れば、やがて人生は全部恵まれると思い込んでいた。未知の大航海に出向する船の気分だった。きっとワクワクする冒険になるだろうと思っていた。

 

30代は、自分を本当に知る時期だった。世の中の素晴らしいこと、幸福論、人とはこういうもの、そういう言説は全部ざっくりと旧来の男性のもので、女性の自分のことは、誰も黙して語らなかったんだと知った。出世なんか全然興味なくなり、あかちゃんを抱っこしていると、ここに自分の幸福があったんだと悟った。人の言う頭でっかちなことは虚ろに見えるようになり、自分の中の言葉を聞き、信じるようになった。

 

40代にさしかかったばかりだが、40代は、ターニングポイントだなと感じる。もう死期がまっすぐ見える。時間はあるかも知れないが、一本道だなと思う。

 

これからできることは少ないと思う。20代の頃、無限にあるように感じた時間も、体力もない。ここからは限られたことしかできない。時間がないので、結実できるかは分からない。だから、どこかに到達するためにするではなく、その日をただ穏やかに楽しくするためにする、だと感じる。

 

10代の頃のように、死後も名前を残したい等とも思わない。ただ毎日平穏に、平和に、笑顔が多くあるといいとだけ思う。それが結構難しいのだけれど。

 

というわけで、飯を食う。

 

昨晩の夕飯。

・ゆで卵と塩もみキュウリのポテトサラダ

・旦那の友人からもらったカレーソースで炒めたあいびき肉のそぼろ

・何かコクがない切り干し大根とニンジン

・白飯(釜で炊いているんだが、ちと焦げた)

・昨日の空心菜炒めの残り

 

旦那がポテサラの中毒状態になっていた。父子ともにポテサラぺろっと完食。旦那はお代わり数回。カレーそぼろはご飯にかけた。父子ともぺろっと完食。