終着駅がパラダイスじゃなかった時

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きっとこの先はいい場所だと思って旅をしているときは楽しいです。しかし目的を達成し、終着駅についたとき、そこには思い描いたパラダイスがない時も。そういうとき、『銀河鉄道999』の星野鉄郎はどうしたっけ。機械の体こそ手に入ればと思って出発して、途中途中で機械の体の悲哀を見て、最後機械の体をくれるその星に着いて、どうしたんだっけ。

 

白紙から物を作る時代に育って、気づけば自分が力を発揮するはずの紙面は、物や制度でいっぱい。古かったり新しかったり構造が甘かったり矛盾していたり。旧体質の人、新体質の人、何も考えていない人、事なかれ主義の人、色んな人が矛盾の治りを遅くして、真っ白な紙面に絵を描くより、うんと複雑で訳が分からず、中心が見えない事態を引き起こす。

 

あそこに行けば楽になる、あそこに行けば悩みがなくなるはずだと行きついた先が、パラダイスじゃなかったとき、鉄郎は最後その星を壊したんじゃなかったっけ。

 

白紙に物を作るのが、前の世代の仕事だったとしたら、私たちの世代は、壊したり、くっつけたり、使える部分をとっておいたりする、リノベーションが仕事なのかも。

 

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昨日(だったっけ)から考え事をしながらトントンと金づちで打っている、アルミ玉。

 

(どうでもよいかもしれない追記)

先日、子供が幼稚園の年中でもらってきたメスのザリガニの命が尽きました。最初は奇怪な生き物におっかなびっくりでしたが、2年近く一緒にいると、ぽっかり心のよりどころがなくなったような気分です。ザリガニのジュリ(ジュリエット)ちゃん、天国のきれいな水で、伸び伸び過ごしていてね。