それがその世界の普通かどうかわからないが、自分軸での要望を初めていう

私はわりと、我慢する方でして…。というのも最初の就職が、就職氷河期でまるで専門の違うところでして。まず目の前の景色がまるで違う、常識が違う、使っているパソコンのOSが違う。飛び交う会話も全然違う。周囲の人の興味が違う。そんな場所でした。当然あらゆることに驚き、苦労する。だけどそれがこの世界の常識なのかなと、我慢する。文句言うなら、当然辞めろだったので。

 

転職の多い人生で、新しい所に入る度、多かれ少なかれそういう事は起こる。その度私は我慢をし、すごい馬力を出して、乗り切ってきました。

 

が、しばらくして新しい人が入ってくると、こう言われる。

「そんな無理ゲーできません。そもそもおかしくないですか?おかしいと思わなかったんですか?」

 

そう。私はあまりに我慢するので、自分が不当な状態で踏ん張らされていることに気付かないのです。例えば当然あるはずの虎の巻がない状態で、手弁当で授業。例えば1学年を教えるのが普通の授業で、3学年が揃い、それを1人で教える。さらにそれで保護者を納得させ、資格試験に合格させる。どれも、次の人に引き継ぐ段になって、「無理です。」とあっさり指摘された案件です。そうだったのか…どうりできついと思ったよ…。

 

上記の仕事に至っては、使う教材がまるで揃っていなかったので、すべて自腹でやっていました。次の人に「自腹は無理です」と言われ、ついには自分の教材を譲るという(学習指導要領改編の時期だったので、どうせ使えなくなるので、譲った)。色々我慢しすぎています。

 

今回新しくもらった案件。最初から雲行き怪しくはあったのですが、蓋を開けて早くもげんなり。当日授業開始の3分前に、行う内容をすべて渡されるのです。板書案、教材プリント、その日の内容。まるで臨時ニュースのキャスターの気分で、廊下を歩きながら初見の教材プリントを見て、板書案を見て、理解して(結構な雑さの手書き。書き損じもある)、教室に入ってから、挨拶のための顔を上げるまでに、今度はどう教えるか考えて、時間配分して…。

 

3分前に渡される内容は人のアイディアなので、当然「…この教え方かあ」と微妙に思う部分もあったり、時に間違いがあったりして(廊下で気づくがもう確認できる時間じゃないので、てめえで勝手に差し替える)、今まで大事故なく回せているのが奇跡なのですが、正直、これがずっと求められる仕事だと分かっていたら、絶対断っていた。毎日事故らないよう、できるだけ子供を置いて行かないよう、退屈させないよう、暗い顔にさせないよう、脇汗がすごいのです。

 

ねえ、3分前にやることを言われ、プリント教材全部渡し、板書案指定されるなんて世界ある?渡す方は自分で計画しているのでいいでしょうが、こちらは初見卸もいいところ。

 

さらに私は元々場当たり的な授業が苦手で(嫌いで)授業のシミュレーションにかなり時間をかける方でして、それが3分前。ストレスが半端ない。教える子供の中には色々な難しさもある子がいるので、こちらも復習内容と絡めたりして、できるだけ平易にシンプルに合理的にやりたい。

 

しかし現場はそれどころではないのだろうとは思う。自分の今回の案件で求められているスキルは、臨時ニュースのキャスターなのかも知れないと思いながら、どこにも「そんなの異常だよ!」という記事も、声も聞かれないのですが、要望を出してみました。「(お忙しいことは重々承知の上で、大変心苦しいのですが)できるだけ、固定の内容は前日までに渡して頂きたいです…。」

 

無茶ぶりでも文句言わず仕事が出来ると分かると、人は甘えるもの。出来ないと分かると、人は考えるもの。それがその場で「しなきゃいけない」かではなく、自分にとって無茶かどうかを言う事って、正しいのかもなあとようやく年食って思います。それは、その場所で働く人、次働く人にとって「ごく普通」にするために必要だよなあと思ったりします。

 

何が言いたいって、この仕事も終末感がすごいなあ…という。