朝、季節の古文を読むと、なぜか落ち着く

春ですね。…うちのあたりはすっかり春です。土筆(つくし)が出て、おおいぬふぐりが咲いています。毎度思うけれど、すげえ名前だな。可愛いのに。

 

季節の変わり目、冬なんとなく「こういうものだ私は」と決めていたルーチンが身体に合わなくなってきます。脱皮したくなる。それを感じるのは、身に着けているものが、急にしっくりこなくなったとき。

 

冬の間、ほとんど黒く見える小さいクズサファイアのシルバーリングをつけていました。が、最近それがどうも「重い…」。

 

毎度のことで慣れっこなので、春だから、パステルカラーや、透明なものや、透け感があるものが欲しいんだと理解し、透かし彫りのシルバーリングに変更しました。スキンケアも少し変えた。こうして変えるものを変えることで、変えられないものが守られることを、自分は意識させられます。

 

ひょんなことから、先日、起き抜けに枕草子の有名な書き出しを調べて、娘と吟じたのですが、ここ数日は、朝にその季節の百人一首を調べて、読むことが、妙にとても気分がいいことに気付きました。

 

何たって、桜が咲いて、それが見えないことくらいで歌を作る、大騒ぎぶり。季節の変化こそ、最大のエンターテイメントだったんだろうなあ。

高砂の をのへのさくらさきにけり

とやまのかすみ たたずもあらなむ

 現代は、季節の変化ごときを食らっているなんて、どちらかというとマイナスポイントではなかろうか。だけど、春なのよ、春なんだわ。啓蟄(けいちつ)なのですよ。地に虫が出て、土筆も出て、鼻水も肌荒れも出る春ですよ。

 

諸事情あってフルタイムの仕事を辞したとき、悩みもありはしたけれど、何が最高に幸福だったって、季節を胸いっぱい腹いっぱい吸い込めること。ああ、桜だ。ああ、菜の花だ。その解放感、幸福感はすごかったなあ…。(まあ後には不安が残るわけですが ^^;)

 

なにげに、季節の言葉や風習の書きこまれたカレンダーも好きです。お茶菓子も好きだなあ。春夏秋冬で随分違うんですよね。お茶菓子って。

 

春はあけぼの、ようよう(やうやう)白くなりゆく山際。私は電車で珍妙なお姉さんに捕まって、彼氏ののろけ話を延々され、街でピンクの甘ロリの人に何か癒され、手持ちのローズクォーツやアクアマリンの指輪を見て癒され、相変わらず朝がつらいです。

 

娘がもうすぐ卒園。そして小学校入園。大きく我が家も生活が変わるので、その気負いや緊張が大きいのでしょう。もし幼稚園の学年を上がるだけだったら、こんな疲労感はないように思われ。

 

同じく小学校に上がる子供を持つ友人達が、どことなくそろって疲弊しきっているのを見ると、これは本当に人生で大きい変化なんだろうなあ…と思わされます。

 

この間生まれたばかりで、首も座らなかった人一倍小さな赤ん坊が。今や東方プロジェクト大好きな、立派なオタクに育ちました。

 

自分の卒園式も思い出します。マリア様のメダイをもらったことも。あれ、宝物だったのに、どこに行っちゃったんだろうなあ。何だかね、娘がその時期を過ぎると、不思議と自分のその時期を思い出しにくくなるんですよね。