やわらかい ぱん

焼き肉はホルモンが好きです。みなさんはどうですか。

確かに書きやすい、出来事だけの作文

あったことを羅列する作文。そこに感情やら、盛り上がりやらを盛り込めたら、よい作文になる…。けれども、例えば自閉圏の子は、出来事を羅列する作文は書くけれど、そこに感情を乗せろといっても、なかなか難しい子もいたりするらしい…色んな子がいるんでしょうが。

 

考えてみれば、私も出来事を羅列する文は書きやすい。例えば緊張しながら仕事に向かう朝の様子。電車の時間、家を出る時間なんか、意識して気にとめているので、書きやすい。

 

6時〇〇分に家を出て、6時〇〇分の電車に乗る。ホームは〇〇の電車。電車に乗る前にペットボトルの飲み物を買い、ペットボトルカバーに入れる。電車の中は目をつぶって、眠るのが楽しみ。駅についたらリュックは前にして、乗り換え。満員ぎみの電車に乗って、職場の駅へ。

 

感情を入れると、それは、どういう感情だっただろうと追いかけているうちに、うまく書けなくなってくる。たぶんそこにはあまり人が言わないもう一つ計算があって、読み手に対する欲があるんじゃないかなと思う。ケガ自慢に似た、こんなすご~いことをしたんだよ、と言いたいというような欲。

 

もしかするとロマンチストである事が、人と絡むことに体力があり、エロスもあるような人は、こうした感情豊かな文を書くことが得意なんじゃないかと想像している。

 

確かに…というには分母が小さいのですが、「こんなすごい事をしたんだよ」と、幼いながらに話を盛ったり、時にあどけない嘘をついたりしてお喋りする子は、作文が上手い。文にも自然と?出来事だけではない感情の起伏を作ったりする。

 

ただ、出来事の羅列だけの作文を書きがちな子も、全然決して感情がないわけじゃない。叱られたら落ち込んだ様子になるし、時に引きずって、千々に乱れたりもする。楽しかったときは「楽しかったね!!」と大喜びな顔になるし、楽しかった活動をもう一度することを察すると、ぱっと、にやりとしたりもする。

 

出来事を羅列した作文を書きがちな子は、じゃあ、本を読んで共感して、本と一緒に感情をゆさぶって冒険を楽しんだりするんだろうか。同僚の人と、そんな話になった。というのも、私自身が起伏の激しい本が苦手なのです。自閉傾向のある子の中には図鑑を好む子は多いと聞くけれど、私ももしかしたら、その傾向は少々あるかも知れない。

 

作文は、テーマが決まっていたりする。例えば運動会の作文を書くとしたら、目標は先に決まっている。どうがんばるべきかも、どう正すべきかも、決まっている。どう感じるべきかも、地味に決まっている気もする。うーん。

 

物は試しに、例えばそれぞれの子が一番感情を揺さぶられることをテーマに書いたら、少しは文に感情も乗るんだろうか…?

 

作文が苦手でも、壁新聞的な、調べた物や好きなものをまとめる事を好む子もいる。地味に私も恐らく好きだ。そこには「好き」が溢れている。

 

以前、「形容詞」を導入してみようとして、大失敗をしたことがある。「好き」なものは、多くの子が言うことができたりする。いまだに新しい好きなものができると、報告してくれる子もいるくらい、人はどうやら自分の「好き」を人に言うことは好きらしい。

 

何で好きなのか、を聞いてみたことがある。なかなかに難しい。美しいから?わくわくするから?面白いから?。ただ意外なことに(とは失礼だが)、もっとも輪の中で一番自閉傾向のある子が、これが得意だった。「~は美しい」。その子がどうやら好きな場所に「美しい」を組み合わせ、それはそれは詩のように美しいセンテンスになった。私にとっても、何度も思い出して心の中で復唱するような、宝物になった。

 

意外に発達のバランスが良さそうな子のほうが、この活動は苦手だったりした。(私の導入が悪かったせいも多大にあるだろう)

 

はらはらした、ドキドキした、緊張した、頑張った。悔しかった。もしかしたらある種の作文のテーマで好まれるのは、動的な感情かも知れない。「美しい」はどちらかというと、静的かも知れない。視覚的に物事を楽しむ子は、もしかしたら静的な感情を多く、世界を受領していないか?すべては想像で、あまり言い当ててはいないだろうけれど。

 

私は仕事に向かう緊張した朝、その緊張を描こうとしても、片方で朝の光、人のまだ少ない電車、結構気持ちのいいフカフカの座席に占領され、きっとあまり感情的に強い描写を描けない。光景に感情が実は乗っているだろうな、とは思う。だから、緊張していると自覚している割に、朝の光景は美しく、私はもしかしたら自覚していないが、わくわくもしているのかもしれない。しかもそのわくわくは、自分発のものではなく、外界の光景から影響されている可能性もある。…そんなわけで、私は物語を書くのが難しい。感情が一本道で続きにくい。

 

もし何かを作文に書かなければいけないなら、印象に残った景色を文字で描写してみたら、それは意外にその子の世界を垣間見る作文になりはしないだろうか。

 

個人的にだが、美しいを人に伝えられるようになると、いいよなあと思う。人がつい見出ださない美しさや喜びを描写できると、それは大変なコミュニケーションになるだろうし、蓄積されていったら、新しい表現になって、多くの人に作用するかも知れないし。

 

上手く「それ」を示す言葉がない、と言うのもあるかも知れない。例えば、毎回同じ活動に笑顔になる子がいる。他の子は飽きているのだけど、その子らは、古なじみのようなその活動に、もし気分が落ち込んでいたとしても、笑顔になることもある。

 

それをどう表現したらいいんだろう。私も、全部が真新しい取り組みの中で、よく知る取り組みが1つあったら、その時間はきっと「快」だと思う。だけどそれをどう表現したらいいのだろう。ほっとする?いや、古なじみや家族に会ったような、地に足がついたようなほっとした気分かなあ。

 

作文て難しい。だけど、面白い。