やわらかい ぱん

焼き肉はホルモンが好きです。みなさんはどうですか。

親がアスペルガー症候群だと、子どもがカサンドラ症候群になることもあるのかも…?知れない。

実父はなかなかに変わった所のある人で、…というか私の四方八方は変わったひとだらけなのですが、父はどちらかというと、いやもしかしたらはっきりと、自閉傾向の強い人です。

 

毎月決まった日付に髪を切りに行きます。テレビを変えると、猛烈に怒ります。勝手に部屋に入ると、猛烈に怒ります。自分の取り皿に勝手に食べ物を入れると、猛烈に怒ります。旅行のスケジュールは事前にみちみちに組む方です。急な予定変更、見通しのない初めての予定を入れられること、色々逆鱗があります。

 

彼との会話は徹底的に仕様書的です。

何年、何月何日、何時何分発、何駅発の電車で出かけるので、家を何時何分に出発します。みんなで玄関の内側に集まり、出かけます。みたいな。

 

人の会話のほとんどはグルーミングだそうで、実は内容がないものらしいです。が、実家では、特に父との会話は言葉自体が世界を構成するピンなので、徹底的に誤解の隙間のないよう言葉を配置します。…むしろ私はこっちに慣れているので、多くのグルーミング的な会話が非常に苦手です。飲み会とか。ほんの一握りの、打ち解け切った相手だと、おしゃべりは楽しいんですけどね…。

 

旦那との会話は、実父のそれとは全く違います。旦那は脳内のことを言葉にするのが苦手なたちで、

「…でもさ」

「…ある意味さ」

と、いきなり接続詞やまとめから話が始まって、その前のひと段落はどこに行ったんだ、と驚かされます。でも、会話になりえるんですね。

 

旦那の実家の会話はもっとひどくて、全く主語述語目的語がない状態で、話しが進むんですよ!!!むしろ、どこで通じ合えるのか、驚きと憧れがあります。

旦那「早くしないと。」

義父「大丈夫だよ。」

旦那「いや、知らないよ。」

義父「え?そんな、大丈夫だよ。ねえ〇〇ちゃん(私)。」

私「……えっと、何の話…?」

みたいな…。

 

義父は、仕事柄もあるのでしょうが、恐らく世界中その地図一本で行けるんじゃないかという愛用の首都圏地図をもって、どこでも行けます。初めての場所でも、入口のセキュリティが厳しいところでも、時間通りにそこにいることができる、不思議な能力をもっています。

 

一度など、ディズニーシーで、ワンデーパスを私たちに預けたままの状態でどこかにふらりと消え、他のみんながいざ搭乗の時になって、アトラクション内に慌てもせず、ふらりと現れたんですよ…。

 

実父は全く違い、行ったことのない場所、セキュリティが厳しそうなところ、まず無理です。

 

我が子が行くであろう小学校の学校公開があるのですが、私が仕事準備で行けそうになく、…まあ新学年になったら先生も生徒も変わるし、学校公開は先生も緊張してお化粧をした状態で授業をしているだろうし、いいかな…という気もしていたのですが。

 

誰も見に行かないよりは、誰か。そうだ、暇をしている実父に頼んでみようかな。ただ、小学校にてくてく歩いて行き、スリッパを履いて、うろうろするだけの簡単なお仕事です。が、数日して返ってきた答えは「ノー。」そして彼の手には、詳細をプリントアウトし、持ち物やら注意事項やらにご丁寧に下線を引いた紙が2枚、握られていました…。

 

私が別家族に片足突っ込んで、実家を外から客観的に見えるようになった現在、笑い話なんですが、これ、実家しか知らない時代、もしかしたら自分のある時期のしんどさの原因でもあったかな、と思ったりもしました。

 

あれは出来ない、それは無理、お前は社会を分かっていない、社会とはそういうものだ、大変だよ~?。父はそういう人でした。その枠がえらく狭くて。まあやってみれば?何とでもなるでしょ、という空気がなかったんですよね。当時の自分はというと、非常に自信がなく、引きこもりのような状態になり、社会に対してビビり切っていたように思います。今思っても、何でそこまでと。まるで暗示にかけられるかのような。(無意識的に色々狭めるのも、自分の恐れを我が子心配さに投影する、愛情だったんだろうなと今は思ったりもします。)

 

実際やむにやまれず社会に出てみると、あれれ?思ったより自分にできることがあり、思ったより周囲の人も人間で完璧じゃなく、思ったよりは愛される所が自分にはあるようで、思ったより現実はなあなあだった。何だったんだ。

 

義父はオシャレタウンにもベランダのスリッパのようなもので出かける、気楽な人です。実父は、ジャケットや帽子や身に着け、友人や同僚には「俳優さんみたいだね。恰好いいお父さんだね」と言われます。…言わずもがななんですが、私は義父になついています(苦笑)。

 

実父も年とともに丸くなり、私はすっかり人生かけて同じような気質の人の逆鱗や、会話を覚え、IT企業でどんどん人が入れ替わる部署で、妙に居心地がよいという、自分は結局どっちなのか、分からないですが、何となく年を追うごとに、楽に生きることができるようになってきている気がします。

 

我が子は「おばちゃんになると可愛くない。子どものままがいい。」と、最近笑いどころのないディスりを私に対してしますが、見えるものがだんだんあって、年をとるのは、体はきついが心は楽です。

 

自分には20代のころ、何か一気に詰んで、死んでしまいたいなあという時期がありました。母に

ネイティブアメリカンの教えによると、自殺すると、永遠に生まれ変わって、その人生を送るらしいよ。」

という、どんなホラーよりもホラーの言葉をもらい、思いとどまって、

「とりあえずこの詰んでる状態を抜け出してから死なないと、永遠にこの詰んでいる状態に負け、巻き返すチャンスすらもらえないのか。」

と生き延びて、幾星霜。

 

今は、とても穏やかです。苦手だった父も好々爺と捉えられる自分と出合い、こんな日が来るとはねえと、あの日無理やりにでも生きることを選択したことに感謝をしています。