やわらかい ぱん

焼き肉はホルモンが好きです。みなさんはどうですか。

イマジナリーフレンド

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イマジナリーフレンド。いよいよもって自分の最も黒歴史の部分です。想像上の「お友達」の話。

 

私は小学校ではイマジナリーフレンドを持ちませんでした。中学に入り、電車通学が始まり、近所に放課後行き来する友達がいなくなってから。家族も共働きで、兄弟もおらず、イマジナリーフレンドを作る一択だった気もします。大学院卒業時、いよいよそれを卒業しようと思って、ついにそこに光を当てて修了制作を作ったのを覚えています。

 

自分にやさしい事を言うと、思春期の頃って親に相談できることが限られる上に、打ちひしがれる事も増える気がします。かといって、友達に逐一愚痴ることもしないですよね。例えばテストの点が悪かった。それをいちいち友達に長々と愚痴ったりしないですよね。特に近所に友人がいない場合。

 

友達にちょっとハブられた気がする、先生から誤解を受けた気がする、友達から冷たくされた気がする。でも明日また登校するために、自分で何とか消化しないといけない。

 

むしろ、皆さんどうしていました…?私は想像上の友達を使って、電車の中や夜布団の中で自分を脳内で慰め(急速冷凍、などと自分で呼んでいました)、何とかやり繰りしていた、という感じです。

 

いよいよ社会に出るにあたって、時代もあってか就職先がなく、詰んでしまい。リアルの友人達もある人は故郷へ、ある人はすでに就職し、などバラバラになり、気づけば壁に向かって一人きり。想像の友人はなぜ本当にいないんだろうということに苦しんだ時期もありました。

 

学生から社会人になると、自分の100パーセントで頑張っても問題が解決しないという状況になり、隅々余すところなく頑張ったり、隅々まで観察して読んで怒鳴られて、みたいな生活になると、想像上の友人は自分より小さい知識しかないため、出る幕がなくなってしまい、出番が少なくなり、やがてほとんど呼び出されることがなくなってしまいました。

 

あれは安全毛布に近かったなあと思います。頭の中の安全毛布です。

 

私は想像上の友人の「声が聞こえる」「姿が見える」みたいな状況ではなく、ただただ自分で想像し、その友人に「辛かったね」「大丈夫だよ」と慰めてもらうようなお話を脳内で作る、という感じでした。この友人がいなかったら(100パーセント自分向けにカスタマイズされている時点で、友人じゃあないんでしょうが)、学校なんか速攻で行けなくなっていただろうと思います。

 

いつも「大丈夫だよ」と言ってくれていたイマジナリーフレンド。「大丈夫だよ」と言われなくても、大丈夫だと思えるようになったのは、社会に出て、何とか食って行けるようになった頃でもあるかも知れません。何でも知っている大人なイマジナリーフレンド。しかし実際に大人の世界に出てみると、イマジナリーフレンドは物を知らず、あてにならなかった。

 

イマジナリーフレンドを消すことを努力するのではなくて、イマジナリーフレンドが知らないことに挑戦することが、少し健全な状態に戻すきっかけになる気がします。自分の知らない自分に出会うって事ですよね。