やわらかい ぱん

焼き肉はホルモンが好きです。みなさんはどうですか。

だから鬼才にはパトロンが要ったのかな…。

対人関係で難ありの子の指導として、相手の話を遮ってはいけない、とか、ありますよね…。が、場合によっては、この子は今必死に粘土のように自分の中にあるものを彫塑していて、その過程で手探りの言葉を出していて、別に周囲に対してマウント取りたいとかではなく、邪魔すんな!!っていう意味で、人の言葉を遮ったり、怒ったりしているんでは、とも…。

 

branchkids.jp

 

ユニークな子の興味にあわせ、個別に「メンター」を派遣してくれるサービスらしいです。一度試してみたいな~と思いつつ、我が家の子供は言うほど個性的でないので、ううむ…周囲に被験者はいないかと、まったく個人的興味でアンテナを張っています。我が子の趣味は、広く浅いからなあ…。プリキュアの話は、酒を飲めば私も付き合えるし…(素面では、がんばって5分)。

 

たまたま「メンター」(要するに契約スタッフ的な立ち位置で、特別なスキルがあり、協力してくれる人を外部に増やしているみたいです)の一人にまだ幼い面もちの子がおり、詳細を開いて読んでいました。…なんとなく、仕事先の子供にも通じる気が。

 

周囲の子と比べ、深く知的な興味。周囲の子がジャニーズやyoutuberに夢中な今、宇宙や多次元や素粒子や、な、なんだか分からないけれど、そうした世界に深く魅せられ、自分なりの理論を手探りで立てている…。

 

モーツァルトは音楽の天才(わからん、多分)。だけどそれ以外生活に関わることはからきしダメで、父親亡き後どんどん身持ち崩す。…みたいなことになるのは、総じて本人自身も自分は不幸だあと感じるかも知れないので、出来る限りの身辺自立の手助けをしたいですが…。ただ、結構厳しめの支援者の中にあって、

「大人のみんな、本当に全部矯正しちゃって、いいんだろうか‥?」

と思うこともあったりします。

 

時に、人間の能力の総量はそれほど差がなくて、真ん中からどうずれているか、の違いなんじゃないかな…と思うことがあります…。世間一般の真ん中の座標が、その人の能力範囲の大体真ん中に入っていれば、悪目立ちもせず、自分をマイノリティとも感じず、似たような興味の友人も多く、日々性格面だけ見れば、孤独を感じずにやっていくかも知れない(経済面が含まれると、話は単純じゃなくなるでしょうが)。

 

世間の真ん中の座標が、その人の能力範囲のうんと端にある場合、その人はその分、多くの人がリーチできない場所にリーチしていて、特殊な才能を持っているけれど、その分野を分かち合える人は稀ではないかと。

 

さらにその人の能力範囲が、世間一般の真ん中座標を含まなかった場合、周囲から理解される事がとんとないかも知れない、とか…。そういう想像を時々します。

 

私たちが生活する上で、ほんの一握りの天才(異才)たちの発明や発見、研究、開発した商品に恩恵を受け続けようとするのなら、その分の変わり者たちの身辺や生活の支援くらいは、してしかるべきなんじゃなかろうか‥とも。凡人(私)に忘れ物を指摘されている異才(仕事場の子供)を見ると、本音では思ったりします。

 

自分がその子の年齢のころ、何に興味を持っていたかって、ジャンプ漫画とBLですよ。

 

同年齢で、どうして深く知的な分野に造詣が深いんだ。どうして自由時間に素粒子の本なんて読もうと思えるんだ。本当に神様からのギフトだよなあ…。まるで、そうしなさいと、特別に選ばれて、組み込まれているみたいだ。

 

何だか、小さなもじゃもじゃ博士のようなその子が、きちんとした身なりになり、きちんと忘れ物なく生活するようになり、きちんと周囲の人と協調するようになり、孤独から解放されたら、その子はもう、宇宙について深く考えないのでは…なんて危惧もします。

 

その世界がそうした子どもを強く呼ぶのかも知れないし、私は、どうも周囲とずれているという孤独感や寂しさもまた、メタ的に深く学問に呼びこまれる1つの要因なのかも知れないなあ、とも想像しています。分からないですけどね…。