やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

その道35年の先生に聞く

先日我が子が通っている公文の面談でした。昨今は公文に面談があるんですね。私が子供のころ通っていた白亜紀には、あったっけかなあ。私が通っていた時代は算数・数学だけで、国語や英語もなかった気がしますし、公文も進化しているんですね。

 

実は我が子の通う公文の先生は、私自身の公文の先生でもありまして、だから、親子二代で通っている事になります。先生のところは我が家のような二代目公文生が結構いまして、そういう意味でも、先生は仕事が楽しい様子。昔通っていた○○君の息子さんが、今度通いたいらしいのよ、とか。その○○君は私の同級生でもあって、お互い膝から粉吹いた田舎の小学生だったのですが、そうか立派に人の父なのかーと。

 

先生のところには、不登校の子、発達障害の子も通っているそうで、元来おっとりした先生だからか、特に何か特別な知識があるでもなく、おっとり引き受けているようです。頭でっかちなビジネス笑顔よりも、近所のおばあちゃん先生で、マイペースに子供好きっていうのは、子供にも伝わるんでしょうね。

「算数のプリントで、全部2を足す問題なんだけど、次のプリントで全部3を足す問題で。だけどたーって全部2足しちゃうのね。とにかく速いのよ。違いはどこかなーって言うんだけどね。」

 

私も、仕事場で英語学習のプリントを大量にさせる事があります。私自身プリント学習より、みんなで会話の練習とか、インタビューとか、スピーチが好きでした。が、職場の子たちの、どうも特に男子に多い気が…しているのですが、プリント学習だとすごく生き生きする連中がいます。

 

先生の話を聞く、ではなく、自分の力で今やることがある、からなのかな。また、とにかく字を書くのが好き、という子もいるようです。書く欄が余っていると、「じゃあ僕、練習しようー」と言って、自らアルファベットを練習したり…。

 

何度指摘しても荒っぽい間違いがあったり、なかなか何度やっても入らなかったりする子もいるのですが、それでもプリント学習が好きな子っています。自宅でも、出したプリントの余白などを使って練習をしているらしく、「ノートの紙丁度なくなっていたんだよね」と先日言われ、…じゃあ、自由に勉強できるように、英語ノートの紙(アルファベット用のガイドが付いている)、大量に引き出しに入れておこうか…?とか。

 

我が子はとても緊張しいの子なので、来年度入学する小学校に、できるだけソフトランディングして欲しいという願いでの公文入門でした。先生の勧めで国語をやっていますが、ぼちぼち就学時に必要そうな内容は足並みが揃い、先取り学習に突入。

 

夏だけ算数もやってみる?と言われ、旦那と相談し、まあ、時間有り余っているし、やってみるかと。国語(平仮名読み書き、簡単な文の音読、理解)と算数(数字の書き方とか、数の理解、簡単な足し算とか)ができた状態での小学校入学なら、さすがの緊張しいの娘でも、多少緊張のタネは少なくなって、何とかやっていくかなあ、とも。

 

と同時に、何かこれだけは負けないという事を身につけさせてあげると、自信になってその子の思春期を支えてくれるよ、とも言われました。ああ~。ヒップホップでもいいし、バレエでも、楽器でも、水泳でも、絵でも…。

 

ついこの間まで、この人(我が子)は習い事に向かないなあ…と思い、時期が来るまで習い事いいや、と思っていました。楽しい、はやるけれど、がんばる、はちっともやらない子でして(当然年齢的なものもあるかと…)。

 

が、最近、周囲より○○ができた自分にえらく気分が上がるらしく、よく○○ができた、自分だけできた、という話をします。周囲への目が育ち、人と自分を比べ、自己肯定感が上がったり下がったりする時期に入ったようです。

 

なら、何か習い事もいいかなあ…。旦那は「ドラムしようよう~我が家にドラム置こうよう~~」と、旦那らしい…無邪気な提案を数年間ずっとしています。どこに置くのさ。「キッチン」…どうやって料理とかするのさ。「…じゃあ俺の部屋」…君の部屋のどこに置くのさ。「…下にもぐって寝る」。

 

ただ、同級生で結婚が早かった友人によると、子供時分の習い事は抑えめにしてお金をためないと、中高の塾代で死ぬ、とも。人生に寄り添う趣味を見つけてあげたい気もするし、公文も将来的に教科を増やすことも考えると、お金が。母も職場で喧嘩している場合ではないです(上司と喧嘩しちゃった☆)。

 

でも、頑張って続けてみると、やっぱり子供に変化がありまして。我が子は最近読むことが楽しくなってきたらしく、ご本が大好き。テレビでも、絵本の中身を簡単なアニメにした5分ほどの番組や、日本昔話が好きになっています。

 

youtubeを見ていても、「何か本読もうか」というと、ぱっと立って本を探してくることも。ご本読んで。時には自分で読んだり。文字っていうのは世界を広げるんだなあ、と見ていて思います。字が読めるっていう港の向こうの世界って、本当に広いんだなあ。駅や町で拾い読みをしたり、私が持ち帰る書類の拾い読みをしたり。世界が私にも分かる、という感じがするんでしょう。それは高揚感があるだろうなあ…。

 

我が子はまた、なぜか県にも興味があり、教育テレビの15分くらいの番組をよく見ています。山形県大阪府和歌山県。なぜか繰り返し見ています。和歌山でマグロが捕れるらしいですよ…。山形は先日旅行で行ったので、「将棋の駒だ」と見た風景と合致して、喜んでいます。

 

保育園時代、平仮名をいち早く覚え、木のネームプレートを一人、読んでいました。当時お友達たちは平仮名が読めず、一人っ子ということもあってか、もりもり集団の中に割って入ることもできず、ぽつねんとしていました。先生に若干発達障害を疑われていたきらいも。なにはともあれ、次第に育ってくると、この人はどうやらとても賢い子のようだ…と感じさせられます。どちらにしても、生きづらいかもしれない、と、最近は思ったりもします。

 

小学校、中学校で私立は考えないの?と先生に聞かれ、いやあ先立つものがなあと思ったりもしましたが、旦那に話すと、「○○△△とか、俺行きたかったなあ。パパのリベンジしない?」と我が子に聞いていました(独特な教育の学校です。鉄を作るのに、砂鉄を数トン校庭に運ぶとか…)。まあ、それも視野に入れるか…とも。

 

先生からヒントをもらったので、備忘録です。

・平仮名表などを部屋に貼っている場合、ときどき貼る場所を変えると、ただの景色になっていたのが、何だかちょっと新鮮に見えて、もう一度見るようになったりする。

 

・0から50や100までお風呂で数える際、逆からもカウントダウンもすると、引き算が得意になる。

 

・指で足し算、引き算をしてもいいが、それをする時はできるだけ速くしてごらん、と言っている。

 

・いつも字がきれいである必要はない。メモなどは汚くても構わない。ただテストの時はよそ行きの文字でね、と言っている。また、計算のひっ算のときなども、自分で書いた数字がずれていたり、字が汚いと、それで自分が混乱するので、ひっ算などの時も丁寧に書くように言う。

 

次の予定がなかったらしく、ぺちゃくちゃと小一時間話し続け。帰宅しながら思ったのは、そういえば、先生は私が小学校2年で入門したとき、宿題を入れる茶封筒に「絵を描いてもいいよ」と言ってくれたんだよなあと。初めての場所で、緊張もあって、無理に話さずに絵を描いていられるのがうれしくて、また、「もうそれ位でいい加減にしなさい」と言われることもなくて、毎回絵を描き足し、びっしり絵で埋め尽くしたら、「あら、すごいね。上手じゃない、あなた。ちょっと他の子にも見せてあげたら」と先生自ら茶封筒を取りに行ってくれ、他の子に見せて、褒めてくれたっけなあと。

 

当時はまだ、ただ絵が好きな子供だったけど、そのたった10年後、美大に行くんですよね。私も自分が教えている子が行く行くどういう人生を歩んでいくのか、細くでも長く見届けて、その経験をもって、また新しい人を見るなんて、したいなあ。

 

世界征服をして長生きをしたいとは思わないけれど、そういう意味では、細くても長く、生きたいなあと思う。どういう子供が、それぞれ七転八倒するだろうけれど、どう育って、どういう幸せを見つけるのか、それを実際に知って、新しい子供にゆったりと接せられるようになりたいなあ、と思いました。