やわらかい ぱん

焼き肉はホルモンが好きです。みなさんはどうですか。

読み書き障害(ディスレクシア)

ぶどう社/発達障害/読めなくても書けなくても勉強したい

 

備忘録を兼ねて。読字障害の当事者の方が、ご自分なりにどうやって読み書きを学習していったかが書かれている本だそうです。

 

読字障害。これが個人的に線引きが分からないのですが、無気力に陥っている子や、何か妙に反抗的な子の中には、どうもこれを疑いたくなる子がいます。

 

見れば、英語の教科書に何十回も読んだマークがある。教科書もよれよれなほど、使い古している。なのに、読めなかったりします。こうなってくると、本人の無気力さ、反抗的な態度、自暴自棄な感じも察しがつきます。

 

だけども、正直調べが足りないのかもしれませんが、劇的に効く対応法が分かりません。また、年齢が上がってくると、子供自体がバリアを作っていることもあり、書字が苦手なのか、文字がちらちらして読むことが苦手なのか、音に字を当てはめることが苦手なのか、文字自体の形を把握して区別することが苦手なのか、詳細にどこに困難さがあるのかが、判別しにくい…です。

 

親御さんの中には「さぼっているからだ」「とにかくみんなやっているのと同じやり方で真面目に繰り返せば」を指導する方もいるようで、根本的な問題がより見えにくくなって、支援する側も、「何でこんなに反抗的なんだ?」「この子のニーズは何なんだ?」と頭を悩ませたり。

 

さらに素地が賢い子だったりすると、「できるようになりたい」と「ここに来てもできない」が同時進行してしまい、余計に反抗的になったり。

 

年齢が低かったり、他の発達障害があるなどして、どこかまだ素朴な子であれば、じゃあ得意な方法で興味のあることを少しでも学習しようと、切り替えもできるのでしょうが、何せ本人に「学校で恥ずかしくないくらい、できるようになりたい」という切実で純粋な願いがあったりするので、正直すごく難しいです。

 

「学校の授業に追いつけないなら、ここにいることは意味がない!」と見切りをつけるのも早かったり…。それだけ焦燥しているのだろうとは思うのですが、書くことにほぼ特化している学校のテストを過不足なく受験するのは、正直難しい。

 

社会とか理科とか、言葉以外の内容を学ぶものであれば、聞いて楽しいでしょうが、英語って。国語であれば、まだ聞いて分かる内容が広く、読み物で興味を引くこともできるかも知れないでしょうが、英語て。

 

知的には通常~それ以上かもしれない子もおり、平易で子供っぽい内容は断固拒否の場合もあり、英語ねー、本当にねー、どうしたらいいんですかね。

 

英語のオーラルの活動のとき、例えば2回に分けて教えているクラスで、1回欠席だったとしても、2回目の冒頭で真っ先に理解し、取り組める聡明な子がいたりします。お喋りで、怖いもの知らずで、積極的。周囲のテンポじゃ退屈するほど。

 

さて字を書かせてみると、今度は集団で一番できなかったりすることがあります。オーラルとは真逆の結果に驚かされたりします。

 

小文字を覚える際、dとbがごっちゃになるなど、まあ、みんな通る道がありますよね。が、こうした子の困難さは、想定を超えている場合があり、そういう時に脳裏に「ディスレクシア…?」と浮かんだりします。wをyと読んだりも。…ただ、まあ理解できない範疇ではなかったりし、本当にディスレクシアって把握するのは難しいです。

 

非常にグラデーションのようで、恐らく本人も、周囲の大人も、往々にしてきちんと把握できていない気がします。本当にディスレクシアなのか、何なのか。

 

私自身、細かい字や行だと、行が分かりにくくなる事があります。子供のころは特に顕著で、そのせいであまり本を読まない子供でした。両親が本読みなので、ずいぶんプレッシャーがありました…。そのうちにしおりで隣の行を隠して読む癖がつき、改行のところで指でたどる癖がつきました。どちらかというと、横書きより縦書きが読みにくいです。一行が長いからなのかな…。

 

やがて大人になるにつれて、それほど困難ではなくなりました。が、「困難だった」という記憶があるので、時々読みづらいとき、昔のように指でたどったり、隣の行を隠したりします。

 

なので、目がチラチラするという子は、やや察せられて、紙で隣の行を隠すなどできるのですが…。

 

また、これはより自覚があるのですが、私は音読が苦手です。黙読はできても、それを音に直し、口から音を発するのが苦手です。今はずいぶん軽減されましたが、思春期のころは吃音の気がありました。

 

悪いことに、中学3年生のとき、演劇の授業がありました。正確に間違わずに音読することが、他の授業でもなぜかスタンダードになり、これがプレッシャーとなって顕在化。

 

それまで、国語の教科書のちょっとした間違いはスルーされていたものの、ほんの一文字間違えただけで指摘される。これで音読の際、吃音が出るようになりました。

 

スキャットマン・ジョンというアーティストがいましたが、あんな感じで、とととととととと、同じ音が口で勝手に繰り返されてしまったり、次の音が非常に重く、出にくくなったり。

 

これは異様です。しかも思春期です。どう乗り切ったのかというと、音読の際当たらないように身をひそめるのはもちろん、少しでも止まりそうな漢字(黙読はできるが、瞬時にスムーズに読める自信がない)にはすべてルビを振り。平仮名がずらっと続くところには、意味の区切りで線を引いておいたり。

 

さらに、反抗的な子に見えたでしょうが、すごくかったるそうに、ゆっくり読む、という間違ったスキルも身に付きました。この文を読むとしたら

さらにー……はん、こう、てき、なー?…こにー…み、え、た、で…しょう、が-?

みたいな読み方です(苦笑)。

 

不思議なことに、英語ではこれが出ず。日本語の音読への苦手意識は、30を超え、子供を産んでも自分の中にあったようで、子供に絵本を読む際、「うっ」と緊張したことで、自覚しました。

 

が、絵本の文字はすべて平仮名。さらに単語ごとに間が空いているんです。

えほんの もじは すべて ひらがな。 さらに たんご ごとに…

これ読みやすい!!このタイプの絵本では全く不自由さを感じず、驚きました。これすごい。以来、自信をもって絵本読みをしています。このタイプでなくても、ちょいちょい間違いをしながら(恐らく人並みレベルだと思うのですが)、読んでいます。

 

意味がある部分と、あまり意味がない語尾の結びとが文にはあって。

~たのであった。 ~をしています。 ~と思うにいたるのだった。

語尾は、正直目がさーっと流すだけなので、よく読み間違います。でも、そういうもんだ、と今は思っています。これを一字一句間違えないようにとなると、おそらくおかしなことになりそう…また。

 

体調なのか何なのか、英語のスペルがごく普通に書ける日と、ひどく書けない日がある子もいます。正確に書くことにモチベーションがないのかも知れないのですが、それにしても想像以上の見事な間違いをしたりします。

 

Monday と書きたい時、Manday はあり得そうですが、 Mandai とか、おっとそこからか、という事が。today  yesterday  day…色々なdayの単語を既習のはずなのに、dayのスペルを間違える。こういう事が重なる時、これは一種のディスレクシアなんだろうか‥?と理解できず、困惑しています。本当に季節によって、困り感がつるっとなくなったりもするので、本当によく分からないのですが…。

 

もしかしたら音を字に変換するのが苦手なのかも知れません。英語はローマ字と違い、いじわるなスペルが多いですし…。英語は日本語と比べても、ディスレクシアの率が上がる言語だそうです(と資格のために勉強中の教科書にあった)。

 

…私にとっては、単語ごとに間があいている英語の方が、うんと読みやすいです。さらには(もっともドラマチックでない類の)共感覚があるので、文字に色がつくのですが、アルファベットのほうが日本語よりも顕著に色がつくので、目があまりチラチラせず、把握しやすいです。

 

人それぞれですよね…。