やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

ドリルもいいけど、発信したいことを発信する(英語)

知的障害がうっすらある子達に英語を教えています。中には何年も英語をやっている子もいるのですが、残念ながら、定着していない子が多い。

 

前任者は知的障害のない定型発達の子をメインに教えていたらしく、使っていたプリントがあまりにそれに準拠していたので(たぶん2種類作りたくなかったんだろうなあ…)、疑いつつ、引き継ぎつつ、「このくらいかなあ…」と計画していた内容。

 

しかし日を追うごとに、しんどいなあ…という気分になってきた。教える側がしんどいなあと思うとき、往々にして子供もしんどい(と思う)。歯車が合っているとき、このしんどさは出て来ない。導入の仕方かなあ、それとも…。

 

内容を絞って、ペースをゆっくりにしてみる。と、自然、こちらから「これを習得しなさい」と前もって範囲を決めて提示することをしなくなり、「これを使って、何でもいいけど何言いたい?」と、オープンな状態で授業するようになってきた。青天井。

 

私はネイティブではないので、「う、それ英語で何ていうんだろう」と思うこともある。そういう時は「来週までに調べてくるわ。」とざっくばらんに言っている。

 

調べてみると、こちらもすごく勉強になる。本のタイトルや曲のタイトルなんか特に難しくて、まあ固有名詞だからローマ字でも良さそうなものだけど、子供は英訳したがる。

 

ネットってすごいです。調べてみると、英語圏との距離がずっと近い。趣味で英訳している英語圏の人がいたりして、「ネットではこういう訳で、結構定着しているみたい」と、話題が広がったりする。

 

ゆっくりではあるのだけど、子供は自分の言いたいことを英語で言うようになり、書くようになってきた。これが驚くほど、定着する。

 

私が大学で英語教授法を学んだ際、言語材料は絞り、その中で活動させること、と言われた。使う語彙はプリントに記載し、その中から選んで言語活動をする。「エラーを始めから想定し、エラーさせないように準備する」姿勢を教えられた。

 

でも、実際どうですか。実際言葉を覚えていくのって、プリントの枠の中にある限られた語彙から選んでいるのではなく、自分の言いたいこと、自分の興味あること、それに光をあてて、外に発信してみたいから、使う気がする。

 

もうどうしようだけど、ずっと動詞のlikeをやっている(苦笑)。他の動詞も導入しているのだが、likeと言うのは奥深く、子供はどんどんlikeを発信したいらしい。ようやく、全員が抵抗なくI likeでぽんと文を作るようになってきた。これが不思議なことに、勝手にしりとりのように順番に言い出し、喜々として何巡もする。

 

知的障害がうっすらあるけれど、実際言語を自分のものにして、抵抗なく自分の気持ちを乗せて言うようになるには、これだけの時間がかかるのかもなあ、と思い始める。

 

別の仕事で、知的障害はないけれど、何かがベースにあって、低学力だったり、不登校になっている子に、補習の形で英語を教えてもいる。

 

補習なので、基本、学校の進み具合に合わせ、テストで点数が取れるように、受験のときに少しでも蓄積され、少しでも希望に手が届くように、と思って教えている。

 

だけど中には、語彙の乏しさなんだが、「やだ」「やりたくない」「だりい」「めんどうくさい」しか言わない子もいる。英語の補修で呼ばれ、受け持っているので、それ以外私に求められても困るんだがなあ…なんだが。水飲み場に連れてきて、馬が水を飲むかどうかは馬次第、という塾界隈でよく聞くセリフがあるが、それが浮かんで仕方ない。

 

だけど、どれだけの子が、助動詞を自分の気持ちにフィットさせて自由に使いこなし、関係代名詞を無意識に使いこなし、現在進行形と現在形を自分の感覚でつかいわけているだろう。楽しくなーいと言われても、…そうだろうなあと、少しだけ思うように。(私は語学マニアなので、断然楽しいんですが)

 

さらに思うのだけど、疑問詞の使い方。What do you like?のWhatなんだが、これって、地味に難しくないですか。倒置になっている(と思う)。

 

実際のところ、英語圏の幼児はYou like what?という使い方を一時するらしい。大人になって結婚して移住した知人も、この使い方をしていた。これだとすっごく分かりやすくないですか。これがWhatを強調するあまり、倒置になって、doを引きずって表に出しているんだろうなあ、と踏んでいる。

 

…なので、本当は、その順番を追って教えられたら定着するだろうになあ、と思う。いきなり疑問詞の質問をしようとしても、おそらく多くの日本人が緊張するとか、頭で考えるとかすると思う。

 

一度

You like what?

You met who?

You go where?

で教えてみたいなあ…と思ったりします。それを導入したのち、疑問詞を倒置によって強調する、というのを次の段階で感覚的に教えたいなあと。

 

意識的には疑問詞に大注目しているが、何となく助動詞の一味が無意識に近く、引きずられてささやかに表出している、そんな流れて教えてみたいなあという欲求が私にはあります…。怒られるかもしれないので、表だってできないんですが…。

 

自分は一つ目の大学が美大です。二つ目の大学(学士入学)が英文科です。美大をなぜ選んだのかというと、学校の授業で美術が一番好きだったから。あと好きだったのは、作文位かなあ…。

 

何で美術と作文が好きだったかというと、青天井だからなんですよね。他の教科は、正解があって、それを出すことを授業内で求められる。常に正解かな、という緊張感がある。英文を読むにしても、発音合っているかな…。オーラルの活動にしても、文法合っているかな…。

 

でも、美術は正解はなく、自由にぶっこめた。作文も正解はなく、自由に書けた。だから好きだったんだと思います。でも、本当は他の教科だって青天井のはず。正解不正解ではなく、英語だったら言ってみたいことを相手が理解してくれたかどうか。そこに学のある言い方ができれば、それはもっといいのだろうけれど、まずは伝わったか、そして言いたいことを言えたか!

 

社会だって数学だって、本当は青天井のはずですよね。

 

センター試験(名前が変わるみたいですが)も変わる予定の昨今。子供が「だるい」「うざい」「やる気ない」「面白くない」と言うのも、もしかしたら時代に即しているのかも………。