やわらかい ぱん

マジカルバナナ、バナナといったら黄色。教室の彼らももう成人。

子供と部屋を別にする日

私は7歳になるころに1人部屋をもらいました。丁度そのころ引っ越し、部屋数に余裕ができたのです。日中はあれこれレイアウトを考えて、うきうきしていたものの、夜は不安でした。

 

結局その晩は何とか一人で寝たものの、ほどなくして夜は両親のベッドにもぐりこむようになり、結局思春期になるまで、家族並んで寝ていた気がします。いつも母のベッドにもぐりこんでいたので、母はよくベッド半分で耐えたなあ…と今思うと驚愕です。

 

さて、最近娘と喧嘩することが増えてきました。春休みでどうも退屈なんでしょう。5歳を過ぎるとまあ親もたじたじの喧嘩を仕掛けてくるので、何か毎日ストレスです。さらに部屋はいつも取っ散らかり。

 

私は新規の仕事が一件決まり、前任者が非常にしっかりした人のようで、ちょっと気合いを入れないと勤まらないぞと戦々恐々としています。さらに継続の仕事、資格試験。その切迫した気配を察してか、自分に100パーセントは向いていないと察してか、はたまた幼稚園が休みの不完全燃焼か、娘との喧嘩も増えた気がします。

 

「もう遅いから寝よう」という指図すらムカつく彼女。風呂に入れるのも、歯磨きも、いつも彼女のペース。私は何もできやしません。娘は春休み中どんどん就寝時間が遅くなっているので、無理やりにでも布団に入れ、電気を消します。すると怒る。

 

日中彼女のペースでまともに集中することは必ず、寝るまえに切れられ、わざとらしくため息をつかれ、disられる。もう限界だと布団を引きずって、隣の部屋へ。

 

はじめ娘は泣いたものの、「私はここで寝るから、1人で寝てごらん」と優しめに言うと、「そこで寝るなら、いっか」と拍子抜けなほどあっさり踵を返し、そのまま部屋でこてっと寝てしまいました。むしろ私が眠れない。ああ、いろいろ発達して、成長して、自立しかかっているんだなあ。ちょっと寂しいなあ。でも、いい事なんだよなあ。

 

という訳で、今朝は朝から部屋の模様替え。今まで一緒に寝ていた部屋を娘スペースにし、娘の玩具が山積していたリビングに、生活臭…ですが、私のコート類と布団を移動。思ったよりも早くこの日が来てしまい、今後どうしよう…です。

 

娘は模様替えにウキウキの様子。この野郎…と追い出された感の否めない私は苦虫ですが、それにしても娘の精神的自立は喜ばしい気もし、私のそれよりずいぶん早いことに、それぞれの個性だなあ…としみじみしています。まだ予断は許しませんが。

 

これまであらゆるスペースは娘中心でした。私の仕事道具や筆記用具は、あちこちの棚の上にカバンのまま、広げることもできずに置かれるだけ。部屋を分けたことで、少しは毎日自分のペースで過ごせそうです。部屋からカラフルな娘の玩具が消えたことは、寂しくはあるけれど、ほっとしている自分もいて、「散らかっているから、片づけて」は半分以上躾けではなく、精神的にきつかったんだな、あの物と色の洪水が…と気づかされます。

 

…まあ、そうはいってもそんなに上手く運べるはずもなく。でも、いつか自分の机を復活させて、集中して勉強なり仕事の準備ができるようになりたい。

 

正規職を辞したとき、娘はまだ3歳。繊細なたちだと言われ、保育園でどうも馴染めず、チックが出ていました。やがて6歳になる娘は、気が強く、自信家で、勝気です。今少し距離をおくことは、当時とくらべ、良心の痛むことではなくなってきています。

 

それでも、私が仕事の面接に行くと、少し寂しそうな娘。でもね、将来経済的に一家そろって詰むより、今から少しずつだけど、仕事をしなきゃいけない時代。

 

それだけでなく、子供に尽くすことに全身全霊で注力できる人間のできたお母さんには、私はどうもなり切れないらしく、子供に自立の芽が出たときは、「どうぞどうぞ」と距離を置けるようであるべきだろうなあという、予感めいたものもあります。そうでないと、寂しさから、丁度いいタイミングを逸し、変にべったりになってしまう予感が自分でします。それは愛情深そうに見えて、子供を消費していることかも知れません。…我が子は勝気すぎて、気前よく消費されてくれないんですが。

 

というわけで、わりとすっきりした部屋。今日眠るのが楽しみです。何なら今からでも…。