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やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

偏差値…久しぶりに聞いたな…

家庭教師の登録をしていると、懐かしくも、その業界特有というか、そのほかであまり意識しないデータを意識させられ、若干、いやけっこう、uncomfortableです。

 

例えば中学受験をしたかどうか。

 

受験指導のニーズに答えられるかどうか、受験指導の商品として値がつくか否か、なんでしょうが。受験はあくまで手段であって、目的ではないので、手段が目的化しているのが非常に不思議で、聞きしに勝るというか、さすがに不思議に偏った分野だな…と思わずにはおれません…。

 

そもそも私は受験請負人のつもりでエントリーしているのか?と迷子になってきています。(生徒募集では不登校発達障害をうたっている所もわけ隔てなく案件を受けるので、実際は不登校ではない生徒の受験指導という仕事が多いみたいです)

 

私の知る限りですが…同じ教育の分野でも、公立学校の教員の世界では紆余曲折してその仕事に辿りつく人が多いせいでしょうか、出身学校名など「昔何のクラブ入ってたの?」くらいのノリでしか使われない気がします。

 

実際の生徒への指導力、事務能力、周囲の人の助けになるかどうかなんて、ぜんっぜん大学の偏差値と関係ない…(むしろ不思議なことに、反比例の場合も)。

 

耕された経験値というか、点数化さにくい部分がどれだけ繰り返され、培われたか、そこなんじゃないか…と思いますよ。自分の生きた時代のせいでしょうか‥。履歴書は本当、その裏とか行間とか、いっそ空白の時にしていた事こそ意味がある気がします。

 

家庭教師の登録「例」で、久しぶりに目にした中学御三家の名前。久しぶりに登録の電話で言った、中学受験で受験した学校、合格と不合格。何かすごいうんざりしてきた…。

 

私は受験請負人のつもりでエントリーしたんだっけ?学校補習請負人のつもりはあったけれど。あくまで勉強は、その子そのものが大きな社会という空で花開き、実現できる範囲を広めるツールであって、主はいつだってその子そのもののはず。でも、どんな子供でも受験をするのであれば、その子のために受験請負のスキルは必要なんだろうか…。受験て、何…。

 

どこに属していた(る)かで人を語る文化って、自分がこれまで無意識に選んでやってきたことに対して、むしろカウンターだったんじゃとすら。

 

…そういえばがんばって、がんばって受験を繰り返してきた人生。ある種の最終地点である就職で、未曾有の氷河期(ロストジェネレーションです)。就職内定ゼロだった。

 

ニートでHP作りにはまり、いつの前にかできるようになったHTMLやらCSS。これで拾ってくれたIT派遣会社。部長に連れられ、N〇Kの仕事をしたとき。表玄関からは、私は就職という形でどこにも入れなかったけれど、裏の通用口からは、いとも簡単に技術屋のアシスタント(の一番下っ端)として入れた。何だ、どんな立派に見える建物も、企業も、インフラを支えているのは出入りのブルーカラーじゃないか。そんな風に思ったら、今まで自分を圧倒していた立派なものが、張りぼてに思えて。社食でワカメうどんを食べながら、ブルーカラーって最強じゃね?と苦笑したのを覚えている。

 

家庭教師の登録フォームで、自分の大学の偏差値を書くところがあり、さすがに苦笑してしまいました。

 

自分の子供のための備忘録として書いていますが、本当に偏差値やネームバリューじゃなくって、履歴書に載らないベタなところでできる限り我がまま言ったほうがいいと、12と18の頃の自分にも言ってあげたい。そこで何ができるのか。どんなコースや専門性があるのか。どんな資格があるのか。

 

毎日通う電車が混んでいるか座れるか。毎日てめえの姿を見て、一喜一憂して、場合によってはそれが自己像になるのだから、制服が自分に似合うかどうか。キャンパスは気持ちがいいかどうか。ネームバリューはあるけれど、何か神経にさわる建物やキャンパスなら、やめていい。キャンパス内の移動に耐えられるかどうか。朝がつらいなら、ランクを落としてでも、少しでも眠れ、できるだけ無理なく通える場所がいい。お金を出して、毎日のことなのだから。好きなスポーツや趣味があるなら、是非続けられる所がいい。そういう事が実際その後の人生の心の在り方を決めるとすら思えてくる。

 

自分も12のころ、受験塾に通い、合格したら赤い花を自分の名前の上に貼られ、「有名私立中何名合格」に貢献して、楽になりたい、親や先生を喜ばせてあげたい一心だった。あるいは高校が進学校だったので、同じように有名大学に合格して、「何名合格」に貢献したかった。先生を喜ばせたかったし、ご恩返しをしたかった。だけど先生なんて、どこに行っても本当はいいんだよね。その子がそれぞれ元気でやっていれば。

 

何名合格、どこに合格にこだわるのは、そこもまた、その数で評価されたり、売り上げが左右される組織だから。塾しかり、進学校しかり。でもその小さな小さな範囲を一歩でも出れば、本当に

「昔何のクラブに入ってた?」

レベルのことなんだと思うんだけどなあ…。

 

ともかく明日、本登録の面接が一つあるので、あまりブレないで行きたい。…斜に構えるのも変だけれど。

 

景気がよくなると、マスで知られている情報が優位になる気がする。だけど景気が下向くと、小さく、ややもすると重めの組織に属しているほうが、おぼれるまで時間が稼げる気がする。私は母が沖縄出身であるということで、沖縄の社長さんに拾われた。あるいはキリスト教にゆかりがあり、勧められて一時行ってみた教会から、私学の日本キリスト教連盟の学校へのアプライのしかたを教えてもらった。時代もあったけれど、これまで本当に自分を救ってくれたのは、色んな風圧に助け合ってきた組織だった。

 

母校では、就職氷河期を経て、派遣、正社員と泳ぎ続け、一つでも単位を落としたら留年にくらいつき、30にして辿りついた教育実習で「ご存じのとおりうちは今や東大進学も排出するエリート校で、東大早慶からわんさか教育実習に来るから、君は無理」って断られました。大学にもどり、公立校への教育実習申込用紙を取りに行ったとき、廊下で、久しぶりにじわっと来た記憶があります。私に母校はないと思いました。…後悔させてやると違うところに火がつきましが…。

 

実習校では、先生って私立の女子校出身なんですか?何で教育実習を公立でやっているんですか?とも聞かれました。お祈りメールが母校から来たからだよって持ちネタも手に入れました。

 

別に今となっては母校が嫌いなわけじゃないんですが。でも、なんだったんだろう…とは思います。何だったんだろう。

 

朝になっちゃったよ…。