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やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

カクテルパーティー効果が働かない

4 People(人々)

長くブログを読んでくださっている方は、ご存じかもしれませんが、我が子はどうも薄氷を踏むような感じで、学校生活を送っている子です。家では何の障害もなく、やや繊細すぎるきらいは生まれつきあるものの、親である自分は特に困難さも感じずに育てています。

 

が、ひとたび集団に入ると、それが一斉指示の厳しい集団であればあるほど、難しさが出てくるようです。

 

以前いた保育園がそれで、新年度は先生の加配をつけるか、あるいは現在の新しい幼稚園のように、まったく違う環境にうつるかで悩み、結局後者を選択しました。

 

一年間新しい幼稚園ですごし、見たところ、保育園ほどの困難さはないようで、指示がわからないとき、緊張して真っ白になりがちなところも、周囲の子をチートして、一生懸命やり遂げていました。

 

本来ならお遊戯も、合奏も、手順を覚えて、自信をもってやって、達成感を味わうところでしょうが、おどおどしながら何とかやっている姿を見ると、要らぬところで苦労をしている可哀そうさは若干あります。それでも、達成感はあるようで、「すごかった?」としきりに聞きます。もちろん、すごかったよ~~と褒めるわけです。

 

が、連絡の時間が特にダメな様子。一生懸命先生の声を探して聞いても、周囲のざわざわにかき消され、聞こえないようです。昨日はついに先生に、名前を呼んでも無反応なことに、「もう何度目だろう??」ときつく叱られたそうです。すっかり落ち込んでしまいました。こういうのが重ねって、二次障害になっていくんだろうな…という不安があります。大好きな先生なだけに、親も胸が痛いです。(先生は不可解なのだろうと察します。さらに進級の時期なので、こういうときって、先生たち厳しくなりがちなんですよね)

 

これまで、分からないこと、聞き取れなかったことは、先生にもう一度質問してごらん?と言ってきました。どうやら何度も聞いて過ごしていたようです。「お話し中だから、質問できない…」など、タイミングも見計らって、質問をしていたようです。5歳の子が。可哀そうになってくる。

 

保育園で指摘されたことも併せ考えるに、我が子には、カクテルパーティー効果が働かない(沢山の音から、聞きたい音を取捨選択できない)といった特性があるのかもしれない、と疑い始めています。騒音のある状態では、私の声を聞き取るのも、あまり得意ではありません。

 

そのほか、短期記憶の容量が少ない可能性、微細運動が苦手な可能性、鏡文字がぬけない可能性、もしかしたらボディイメージがうすい可能性など、色んな可能性は平行してあるのですが、恐らく本人無自覚で、周囲から冷たい目で見られ、自己肯定感を下げまくっているものは、この聴覚関係だろうと…。

 

小学校に入ったら一斉授業。背が高いため、ただでさえ定型の子でも声が聞き取りにくい、板書が見えにくい、集中が途切れやすい、後ろの方になる可能性があります。今のところ幼稚園では、絵本のお話は恐らく誰よりしっかり聞いて覚えていたりするので、あまりにしんどいようなら支援級を調べる必要があるかなあとか、あるいは座席の配慮をお願いしたら、何とか乗り越えるのかなあといったことを考えて、あまり眠れず、今朝、です。

 

視覚優位だろうから、視覚から指示を入れてみてください、と、保育園では言っていました。保育園は、発達年齢より上のことに挑戦させ、達成感を味わうという方針のところでした。新しい幼稚園では、もう少し丁寧な指示の出し方だったので、今まで表面化しなかったのかもしれません。

 

ざわつかないところでは、言葉だけの情報でも、まあまあ入るよう。周囲の音をおさえる耳栓もあるようですが、耳栓は、使いすぎると、耳栓のある状態に慣れ、その状態でも音を拾うようになるのでは、という体験があって、まだチェックしているだけの状態です。

 

赤ん坊のころから、友人の家に行き、たくさんの人がいる状況では、大泣きが止まりませんでした。人見知り、場所見知りがすごかったです。いつのころからか、目立った場所見知りはなくなり、人見知りもまあ人並みに。

 

発達に沿って、色々な目だった部分はなりを潜めてはきているものの、さて、実態がまだよくわからず、どうしてあげたらいいものか。とりあえず無自覚で叱られるより、自分の困難さを言語化できるほうがずっと助かるだろうと、武器を持たせるつもりで、「ざわざわしたところで、1人のお声が聞こえにくいね」と教えようと思っています。