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やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

お母さんの作るお菓子はまずい

昨日、我が子と旦那と、動物園に行ってきた。

小さな遊園地もくっついている動物園だったが、それには興味を持たず、動物の名前を読み、動物を観察する娘。ひらがなに続き、いつの間にか覚え始めたカタカナ。動物の名前はカタカナ表記。いつの間にか、それを読むことができていた。

 

動物園の広場で、年の近い子がいると、話しかけたり、一緒に追いかけっこをしたりする。だけれど、そのうちに飽きるのか、足元の植物の実に夢中になる。いくつも拾う。一緒になって遊んでいた子供は、所在なげに「一緒に遊ぼう…」という感じで近づくが、それには背をむけて、実を拾う。そして「これ何の実?」と大人に聞く我が子。

 

もっと小さい頃は、保育園であまり友達と遊ばないと、よく保育士の先生に言われた。親の前では、遊びたいときは延々子供と遊ぶので、首をかしげていた。友達が同じメンツで飽きたか、あるいは緊張しているか、あるいは園庭や教室内の遊びにバリエーションがなくて飽きたか。そんな気がしてはいたものの、心配はしていた。

 

今思うに、娘はよく園庭の落ち葉や実を広い、当時ようやく覚えたひらがなを読んで(当時はまだクラスの誰もひらがなを読めなかった)、木々に取り付けられたプレートから、樹木の名前を憶えていた。興味のある話が、なかなか大人(保育園の先生は忙しい)や友達とできずにいたのかも知れない。

 

我が子もだんだんと育ち、色々な気持ちを自分の言葉で説明できるようになってきた。こうなってくると、ある種の心配も減ってくる。うんと幼児のころ、なぜか頑なに父親を遠ざける時期があったが、今は一緒に行動もできる。自分の気持ちも言えるし、何気なく言われたことも乗り越えられる位の身辺自立や、社会性もついてきた。

 

昨日、プッチンプリンを食べながら、お母さんの作る牛乳プリンは味がなくてまずい、という話になった。

 

お母さんのお菓子は、市販のものより微妙にまずいもの。クッキーは市販のものより甘くなくて硬いもの。ケーキのスポンジは市販のものよりボソボソしているもの。ババロアも市販のものより硬いもの。

 

そういう小説もあったな、と思い出した。誰の、どの小説だか忘れたけれど、専業主婦の母親の文化に反発して、キャリアウーマンになり、そして母親を精神的にゆるす、みたいな話だった気がする。ずいぶん贅沢な話だな、と思った。

 

その小説の中で、母親の作る野暮ったいケーキが出てくる。市販のものと比べて、野暮ったいし、味もまあまあ…。我が子のいう、お母さんのお菓子の評価を聞いたとき、それを思い出した。

 

母のお菓子をあんまりなんだよなあ、と思って次の世界に進めることは、いい事かも知れないと思う。

 

私の母は、当時は珍しいキャリアウーマンで、それでもフルタイムで勤務していた時代の自分よりはずっと時間もあり、クッキーを焼いてくれることもあった。けれど、食べてわかる、彼女は、素朴で野暮ったい母の味ではなく、オレンジピール等を入れる、子供のために膝を折らない味だった。

 

私にとって母は、故郷という背後に残して、新しい世界に向かうものではなかった。どちらかというと、私が残され、母が新しい世界に向かっていく存在だった。「いってらっしゃい」と玄関から、仕事のある母を、仕事も用事もアイデンティティもない私が見送る光景は、多分、子供の育ちの面では、不可抗力とはいえ不健康だったろうなと思っている。

 

私は幼馴染の専業主婦の母の作る、卵くさいカステラに憧れた。

 

娘と旦那と私は、昨日、ファミリー向けではない、老舗の洋食店に入った。我が子は、スープは音を立てないんだよというと、すんなりそのようにし、パンは一口にちぎって、バターをつけるんだよというと、すんなりそのようにした。オレンジソースのかかったババロアを堪能し。座って待つ時間が長かったのに、充実した表情をしていた。

 

今日は朝、いつも怖いと言っていた妖怪ウォッチの新しいコーナー『黒い妖怪ウォッチ』を、怖くないといい、すすんで見ていた。

 

トーストをよく焦がす私に、フライパンで焼けばいいんじゃない?などと、まだ若干明後日だが、自分で考えて、えらそうにアドバイスしていた。

 

どんどん大人になって行く。

 

今日私は、我が子が自分のお小遣いで買った、動物園のぬいぐるみ(モルモット)と、幼稚園で充実しているだろう娘のお留守番をしている。もうすぐ年長さん。初めて保育園に行ったのは、たった2歳の時。年長さんは途方もなく大人に見えた。現在の幼稚園にうつり、年中さんになって、年長さんとは背丈が同じでも、やっぱり内面の育ちが違うなあと感じていた。でも、もうすぐ進級の春。きっちり、年長さんになるんだなあと、娘を見ていて思う。

 

…正規職をやめ、家の空き時間の合間をぬって、パートに出たり、講師をしたりしている。今日は仕事の予習をしないといけないのだけど、何だか娘の成長著しく、心が足並みがそろわずで、のんびりしている。