やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

こっそり占星術で「困り感のある子」を見る。誰ともシェアしないけどね。

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昔々、初めて仕事で障害を持つ子と接する際に、相当ざっくりではあるのですが、星占いの心得があったので、「(例えば)この子はしし座か~…。緘黙があって繊細で、みんなガラス細工を扱うみたいに扱っているけど、案外舞台度胸があるんじゃないか?」などと、別に誰とシェアするつもりもなくですが、星占い視線で子供を見たことがあります。

 

…というと、偽科学を持ち込んで!!と怒られそうだな~…と、これについて語らずにいたんですが…。そういえば私は、誰と接する際でも、ファーストコンタクトで「何か不可解だなあ、どういう人なんだ?」と思った相手には、それとなく誕生日を聞き(あるいはぽろっと誰かに言ったのを覚えていて)、「(例えば)やぎ座か~。実直で努力家で、いい人かもなあ…」とか、やっています。もちろん、誰にも言いませんが。

 

もしかしたら、私自身が若干人と違う因子を持っていて、会う人会う人微妙に「自分とちょっと違う。でもきっと怖くない」という納得材料のために、聞きかじりの星占いをしていたのかも知れません。星占いには、「悪い人」はおらず、みんな違ってみんな与えられた宿命の中で、時にもがいたりしながら、一生懸命に生きているイメージなので、自分と違うけれど、その点みんな自分と同じ、と感じられます。

 

「困り感の子の性格判断にこっそりホロスコープや星占いを使う」なんですが、ウィスクとか、性格判断とか、お医者さんの診断した障害名とか、関係機関にはファイルで綴じられていますよね。あゆみ、とか、発達の記録、とか、様々な名前ではあるけれど、その子の名前が背表紙になっていて。

 

そういうファイルって、思ったのだけど、暗黙の了解で「何か悪いところがあるはず」前提なんですよね。知能指数も、性格判断も、詳しく見たことがないけどウィスクの結果も、それ自体は単なるデータなんでしょうが、ファイルに挟まれて、鍵のかかった書棚に入れられた途端、なんとも奇妙な暗黙の意味をまとうデータになるんですよね。

 

ファイルを読んでいる人は正しく強者で、ファイルになって読まれている人は、その内容を見ることができない、圧倒的な弱者でもあります。そして、ファイルされた人は、「何らかの問題がある、支援が必要な存在」になるわけです。

 

…ただ、実際その場に居合わせてみると、ファイルを読んでいる人自体、結構なすっとこどっこいだったりもします(笑)。

 

そしてそんな私を含むすっとこどっこい達は、自分がうまくコミュニケーションできないがために、相手を「障害特性だからな」と、自己防衛のためなのか、カテゴライズしてしまいがちな気がします。

 

その立ち位置での支援は、一見懐が広そうで、優しそうだけれども、そういう視線や反応にさらされ続けることで、子供自身が「自分は支援を受ける側、何だかの障害があるんだ」というセルフイメージを持ってしまう可能性もあるのではと、思ったりもします。いやあ、単なる個性かもしれないよ?

 

一番いい支援は、支援だとも思わずに、その子が好き。それに尽きると思います。

 

例えばある子が、すごく飲み込みが早く、ひらめきもあり、あらゆる学習にレディネスがあり、一体何に困り感があるんだろう?と謎に思い、その件のファイルを見せてもらったりする。すると、広汎性発達障害とか、精神発遅滞とか、ふわっとしたことが書いてあったとします。そうか~~~~~?と思うわけです。

 

お医者さん、診断を求められて、苦肉の策で、とりあえず、ていっ、て付けたんじゃ…なんて。いや、お医者じゃないけれど、内心、本当か~~~?とか。

 

で、ホロスコープ誰にいうでもなく見てみる。例えば、ふたご座に水星と土星がいたりする。長所と、本人的に苦しめられる凹んだ部分が同居しているっていうのは珍しいなあと思う。でも、要するにふたご座的なことを刺激し、自信がつけば、この子は大変身するかも知れないぞ、と思う。

 

明らかな障害、例えば知的障害や染色体の障害がある子も、障害特性というくくり方をしないで、例えば「舞台が好きかなあ。もしかしたら自信がつくかもしれないぞ」と、そんな視線で応援してみると、たまたまかも知れませんが、舞台で度胸を見せ、次の年、驚くほどの長いセリフを一人でいう大役になったりする。

 

結局何が言いたいのかというと、一風堂のラーメンてすごく美味しくないですか!?先日ふらりと入ったら、最高でした。

 

…それではまた…。