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やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

タロットの性格

1 2 Fortune Telling  (占い)

私の未来を占って、とざっくり言われることがあります。

 

タロットは、実は、未来のことを当てることに、それほどウェイトがありません…多分。じゃあ占いとして、どうなんだと。それよりも、クライアントが本当は一番不安だったり、抱えている希望だったりを掘り出していきます。

 

ざっくり今後を占ってという人も、心に一つ二つ、気になるテーマを持っていることが少なくない。例えば現在はそれほど心配なく暮らしているけれど、今後旦那さんは元気で、経済的に不安はないのか…。子供は勉強嫌いで、ちょっと学校でも遅れ気味だけど、いつか本気になるのか…。

 

どの部分が気になっているのか、包括的に占えるスプレッドを開いてみると、不思議と、その人が今抱えるテーマが出たりします。

 

最終的にクライアントも納得するスプレッドの解釈ができあがったとき、そこには、クライアントの物語があるようです。クライアントとカードを手にして、「いやほんとう、色々あったのよ」などと話すのは、面白い体験です。

 

そして、タロットには、本当に救いようのない悲劇のカードはないそうです。それはつまり、人生のどのフェーズにおいても、本当に救いようのない悲劇はない、とタロットでは考えている、ということなのかも知れません。

 

悪魔というカードがあります。私はこれ、タロットの講座を受けるようになってから、すごく好きになった、チャーミングなカードでもあります。もともと、マルセイユ版という古いタロットでは、この悪魔、怖くなく、何つうか、何だそりゃという、あっぱっぱーな姿をしています。ちょっとコミカルです。分けが分からない。意味不明なもの。自分の頭では理知的に整理できないものに捕らわれている状態。

 

planosinfin.com

マルセイユ版悪魔のお人形もあるそうで…。何で作ったんだろ、やっぱりみんな、チャーミングって思っているのかな…。


中毒状態や依存している状態は、この悪魔のカードの範疇だと解釈できますが、人知を超えた恐ろしい悪魔に魅入られている、と解釈すると、そこで思考停止になってしまいます。意味不明のものに変なほど捕らわれている。RPGの戦闘シーンで暗示にかけられたように、哀れにぐるぐる回っている、そんなイメージで解釈すると、解決の道筋が見えそうです。滑稽で、哀れで、人間臭くて、じみにモダンです。

 

過度に集中する、を表すカードでもあるようです。子供が今後自分の進路を見つけられるのかなあという質問でこれが出たら、

「やばいくらいはまって、もしかしたら大学院までいって、ドクター出て、ポスドクになって、婚期がおくれて、一般的な友達が減ってってなるかも知れないけど、好きすぎるくらい好きになる事がありそうだよ…。それがなくなったら、喪失感になりそうだけど、好きな最中はすーごい楽しいみたい。」

と、読めなくない。

 

さらには、理解不能なものを、人は、怖いと思うんだろうね。ひいては自分の文化と違うものを、過剰に脅威と思うんだろうね。色々なことと繋がり、教えてくれるカードでもあります。

 

タロットは、神様や悪魔や、何かすごく力のある存在が出てきて、否応なく人生を狂わせる、左右する。そういう占いではないです。自分の運勢の糸口は、因果は、すべて自分の中にある、と考えているようです。いわば本人の中から、世界は構築されている、というスタンスでしょうか。

 

対して、命と言われる種類の占いは、絶対的な運気はある、と考えるようです。こちらは、どうしようもない運気が、いわば本人の外側が、本人に影響を与えるという考え方といえるでしょうか。

 

タロットとぶつかるかというと、これが不思議に、そうでもないようです。運気が落ちるときは、やっぱり本人もへこたれていたり、力不足だなと感じる部分もあり、停滞するようです。タロットで占ってみても、何かぱっとしない。これが、少し状況が進むと、タロットの面白いところですが、いきなり霧が晴れたように、景色を一変させます。おそらくすーっと好転するとき、命で見てもよい時期なのではないか、と思います。

 

命を扱う占いは、相対的な浮き沈みを表しそうです。一方タロットは、クライアントの心の中の要素一つ一つに大きく驚き、丁寧にリアクションします。相対的に見れば小さな悩みも、ご本人の中で大きければ、絶対的に評価され、大きく結果に出るように感じます。人間味あふれる感じがして、疲れますが(笑)、面白いところでもあります。

 

ただ、最後は突き放す部分があります。悩みがあり、でも腹を括って決断したほうがいいのか。そういう時、タロットは、「悩みがあるんだよね。見通しが持てないと不安だよね。」とクライアントの気持ちを鏡写しすることはあっても、「確実にうまくいく」とは言いません。悩みがある人の未来は、「悩みが払しょくされるくらい、準備をしっかりとして、自信がつけば、晴れる。今はまだちょっと不安」と、出すことが多い気がします。

 

そういう意味で、占いなのに、「神は自ら助くる人を助く」的スタンスだと気づかされます。モダンで近代的だと感じます。ベルベットの布をひいて、怪しい雰囲気ムンムンのカードを並べ、見た目非常にオカルティックですが、その実、モダンで近代的な考え方なんだと、しばらくやっていると気づかされます。地味に、現在の形になったのは、せいぜい一〇〇年前と、本当にモダンなものらしいんですね。

 

悩む人にとっては、最後は「悩んでいるんだよね。不安があるんだよね。後は自分で決めてね」という結果では、何かもう一声欲しいと思うのでは、と思うんです…正直。自分でも結果を伝えながら、トホホとなることがあります。

 

そういう時、相棒のタロットを一旦「お疲れ」としまい、命で見ることができたら、いいフォローになりそうだなと思うんです。

 

例えば事業をはじめたい時、命である四柱推命で浮き沈みのバイオリズムを見ることができたら、「もし事を起こすなら、来年がいいみたいですよ」と、言うことができる。「ここしばらく運気が停滞していたので、それをあまり引きずらない方がいいかも知れない。」とか、言えるかも知れない。おそらく並行してタロットを広げれば、過去停滞していたとか、自信喪失していた、と出るのでは、と思います。そうすると、スプレッドも裏付けを得て、力強く読めますよね…。

 

以前、好きでマリオネットを練習していた事がありました。マリオネットを取り出し、人前に出ると、みんながマリオネットに笑顔を向けます。これ、操縦者はけっこう寂しいもので、だれも私を見ないんですよね(笑)。おお、この場にいて私、透明人間、みたいな。

 

タロットをやっていると、全部見えているかの如く、「その件について、もう少し詳しく見られない?」と言われることがあります。実は占っている側は、カードを足掛かりにニュアンスだけ見ているだけで、クライアントが見えているほどは、見えていません。時に(その件て、具体的にどういう件なんだろう…)と思いながら、タロットを混ぜます。こういう状況はしかし、面白いなあと思います。マリオネット操縦のときの不思議な自分の状態を思い出します。

 

あるいは私がマリオネットなのかも知れません。クライアントは、マリオネットを操縦するように占い師を動かして、実は自分の中と対話をしているのでしょう。

 

いっつも、占いをやってと言われるときは、緊張します。自分にクライアントが納得できるスプレッドが出せるだろうか。読み取れるだろうか。納得してすっきりしてもらえるだろうか。

 

ここがタロットの不思議なところなんですが、これが結構、しっかり出してくれるんです。だから私も、依頼が入ったときは、「できるかな…」と不安でない日はないんですが、私もまた、タロットのマリオネットだと、自分の力ではなくタロットを信じて、まぜまぜしています。