やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

好きにハマれる環境

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雨の季節が近づいてきましたね。

 

今日、親戚の青年が、ガールズパンツァーとか、コミケで3日間徹夜したとか、それはもう、ありし日の私のことですかと問いたくなる香ばしい話題をしていて、目を細めました。今度語ろう。全面早口の敬語で。

 

社会に出るまで、どこまでも香ばしかった私も、社会人になってから、自分が何が好きだったのか、どんな風に好きだったのか、迷子になったのを覚えています。土日、することがなく、所在なく不安な時間が多かったように思う。

 

もともと美大を出て、制作を続けていくための土台作りと思って働いていたのに、仕事のスキルアップに追われ、あるいは残務に追われ、仕事の不安に追われ、何か、無職のときよりも、奇妙に不安で、制作など手につかなくなった。

 

食っていけるようになったのに、食えないときよりも、このままでは食えなくなるのではという不安にかられ、食えない事にまい進できなくなってしまいました。

 

宇宙飛行士の向井千秋さんの夫が書いた本『君について行こう』みたいだな、と思った。宇宙飛行士のシミュレーション訓練シーンにこんなのがあった。

 

 

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スペースシャトル発射を前に、ありとあらゆる緊迫した事故を訓練でシミュレーションする日。途中、それを見学していた著者の万起男さんは、外に出て、のんびり散歩か食事か何かして戻ってくる。戻ってくると、みんなが大パニックになって大騒ぎしている。…ただのシミュレーションなのに。

 

閉鎖空間でどんどんパニックするような事態を起こされると、冷静な目では、それは実際なにも起こっていない単なるごっこなのだけど、当事者にしてみれば、まさにもう実際起こっているかのような精神状態になるらしい。

 

会社にいると、それは全然自分のパニックするような事柄ではないのだが、会社のお偉いさんの焦りとか、パニックとかが、空気として会社全体を包んで、なぜか私もパニックにさせられる。それが休日も抜けずだった。フツウに考えて、仕事がない状況のほうがうんとパニックになるべきなのに、仕事があり、経済的に自立しているはずが、なぜかパニックになる事があるんだなあ、と学んだのでした。

 

対して、大学時代は、冒頭の青年じゃないですが、一見無駄なものに思い切りアホな程はまりました。

 

が、丁度うまい具合に時代の転換期だった事もあるのでしょう。真面目に、こうすべきと誰の目にも明らかだったことより、ハマってしまって後ろめたいけれど続けちゃったことのほうが、思い返せば、結果として、自分の口の糊してくれました。

 

ロストジェネレーションと言われる時代。ただでさえ低い美大の就職率は、恐らく底を割っていた。知り合いで新卒で就職を決めた人は、同期でゼロだった。で、結局どうやって仕事にありついたのかというと、アホなほどハマっていたHP作りのスキルだった。何も社会で必要とされることはできませんが、HTMLならできます。そういって面接を受けた。それまで落ちまくった就活。なぜか、ここだけすんなり採用に。

 

実際、趣味と業務はまるでレベルが違う…と思いきや、実に自分が言ったとおり、HTMLだけは、どんな物を引き継いでも、読めて、コーディングやデザイン変更が人の手を借りずにできた。そこで、そうか、自分ができると自分で感じることは、実社会でも一応確実に即戦力なんだなあと学んだ。まあ、今はもう使われない技術なんでしょうね。

 

そうして潜り込んだIT会社で、コンピュータ言語の流行り廃りを間近で見て、世知辛いもんだなあと思った。できれば、生涯一つの言語をずっと愛好したいなあと思った。今後は自然言語にシフトしようと考えた。英語や中国語だ。これなら、それほど大きな流行り廃りはなさそうだ。中国語のスクールを探したが、時間や金額が条件に合わない。そうこうする間も勿体ないので、英語を独学で勉強した。

 

当時読んでいたハリーポッター1巻(原書)が今も手元にある。開いてみると「おいおい大丈夫か」という平易な単語も辞書で引いてメモをしている。でもそれ以来、思い立ってはコツコツ英語を勉強し、転職して英語を生業にし、アカデミックに学び直したいと思って大学の英文科に2年間入学し、気付けば英語を教えたりしていた。とはいっても、ただただ好きなだけで、流暢でも何でもないんだが…。

 

ハリーポッター第一巻を開くと、思えば遠くに来たもんだなあと思う。が、それほど道は険しくなかった。好きだったからだろう。そして今も、やっぱり時々洋書を読んでいる。行先は分からないし、食うにつながるかは余り考えていない。たぶん自分は、マニアなんだと思う。

 

今日、縁あってタロットカードを習った。中学生の時に、入門セットを買ってやったことがある。大アルカナだけのセットだ(タロットは大アルカナ、小アルカナという2種類のカードがあります)。見学のつもりが、いきなり座らされ、先生のカードと布を渡され、「大アルカナだけ選んで、ヘキサグラムで占って」と言われた。脇汗めっちゃ出た。

 

何たって20年以上ぶりのタロットだ。そもそも見たことのない種類のカードだ。大アルカナ選べるかな…。だけどまあ、思春期に好きだったものというのは、ババアになっても身についているもので、それは自転車の漕ぎ方みたいなもので、よみがえる記憶、懐かしいカードの意味…。気付けば、なんとか付いて行けていた。

 

 宿題が出た。カードがないとできない。ずーっと指をくわえて、でも買わずに踏みとどまっていたカードをポチりました。

 

 

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 こちらがポチったカード。かわいいよね~~~?でさあ、でさあ…(香ばしい汁を出しながら)