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やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

寝返りし、座り、立ち、歩いたら、次は飛ぶものだと思っていた

11 Books (本)

家の周囲がいい天気です。明るいです。雲の形が少し夏を思わせる、もくもくとして入道雲のようになっています。初夏ですね。

 

娘を幼稚園に送った帰り道、見晴しのいい場所があります。そこから盆地になった眼下を見下ろすと、飛べるんじゃないか、何で飛べないのだろう、飛べるはず…という気分になってきます。

 

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娘もまた、生まれてしばらくして寝返りをうてるようになり、何とか座るようになり、何とか立つようになり、何とか歩くようになったら、今度は当然飛べるものだと思っていた様子。色々なところから飛び降りたり、やたらとジャンプをする時期がありました。

 

ただでさえさかなクンっぽい挙動をする娘なので、な、なんなんだい、とその飛び跳ね続ける様子はと面食らったなあ。君はさかなクンか、東田君か、と、繋いだ手をばうんばうん引っ張られながら、思っていた。

 

 (東田直樹さん)

今や世界中に翻訳されて読まれる名著。発語が難しい自閉症の少年(現在青年)が、文字盤を使って綴った本。

 

当初はそのあまりにしっかりとした文筆に、「親御さんがゴーストライターをしているんだ。彼にそんな文才があるはずがない」という疑念の声も大きかったです。

 

が、数年後NHKのドキュメンタリー「君が僕の息子について教えてくれたこと」に出演し、文字盤(紙に書かれた50音)で必死に自分独自の言葉を紡いでいる様子が映し出されて、本物だと思われた方も多いのではないかなあ。私もそんな一人でした。本を持ってはいたものの、半分ファンタジーとして読んでいたんですよね(ただ、どうあっても、内容はとても良い本でした)。

 

障害児支援をしながら、発語がない人でも、ここまで内言語が豊かな可能性があるんだと、反省させられたドキュメンタリーでもありました。発語がなくても「この人の中に何か知的に高いものがある」というのは、多くの場合、接する時間がしばらくあると分かってくるものです。でも、ここまでなのかも知れないのかと。

 

ドキュメンタリーで紹介されていた翻訳者のDavid Michell氏との往復書簡では、著名な作家であり、自閉症児の父でもあるDavudさんを、考え深さで凌駕していました。

 

こちらが世界的に読まれるきっかけになった英語翻訳版。

 

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ともかく、東田君か、サカナ君かと思わせるほどに飛び跳ね続ける娘に困惑し、しつつ、注意深く見ると、何だか練習をしているようにも見えたので、聞いてみた。

 

「飛びたいの?」

「うん。」

「…飛べないと思うなあ~~…」

「どうして?」

まあ、その瞳があまりに幼くまっすぐで、人間は飛べない生き物なんだというあまりに残酷な宣告ができず、

「…でも練習したら飛べるようになるかもね。」

と言ってしまい。しばらく娘は道路に出るとは飛び跳ねる生活をしていました。気づけば最近はもう、飛びません。年月って残酷だね。

 

 もしかしたら、人間は寝返りし、座り、立ち、歩いたら、次のフェースは飛ぶ、だったのかも知れないよと、自転車をこいで帰ってきました。