やわらかい ぱん

焼き肉はホルモンが好きです。みなさんはどうですか。

漫画 「にょろりの学校」 その1

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漫画描くの楽しくて楽しくて…。

 

昨日は「マンが夜話」のバックナンバーを見ていました。旦那が大好きだったといい、旦那が好きな花沢健吾さんも影響を受けたと言う新井英樹さん。その作品『ザ・ワールド・イズ・マイン』。

 

日常が崩壊したり、異世界の話だったり、規模が大きければ大きいほど、漫画家はなぜかその世界にまでいい落ちをつけないといけないらしく、大変だなあ。と他人事に思って面白く見ています。

 

異世界でも、ますむらひろしさんは、わざわざ異世界の存在する理由を描き、世界を畳まなくてもいいわけで、「全貌を知りたい」と読者や作者が思うか、「この異世界がある理由はどうでもいい」と読者や作者が思うか、人間の心理って色々あるんだなあと思わされます。

 

その風呂敷の畳み方が抜群だったなと個人的に思うのは、『七夕の国』(岩明均さん)です。とりあえず風呂敷を広げたっていう箇所が見当たらず、あっとさせられました。終始一貫してまるっと世界が、物語描かれ切っていて、すごいですよ~~。

 

日常が崩壊してゆく映画といえば、『クローバーフィールド』なんかも浮かびます。日常を狂わせている化け物、その全貌を見せるのか見せないのかというのが上記のマンガ夜話でも議論されていました。

 

化け物を引きで全貌を描いてしまうと、とたんに安っぽくなると指摘されています。確かにクローバーフィールドも、化け物の全体が見えてしまうと、がっかり感が出たなあと。

 

人間がパニックになるのは、全貌が見えない状態そのものなんだなあと、逆に思わされるわけです。世界を畳まなくても、パニックのまま、主人公が死んで終了というストーリーもあり得るよなあと思う。実際は、そっちのほうがリアルだろうし。

 

だけど全貌が知りたいというのも、人間の本性らしく、だから漫画家はそこまで描こうとするんでしょうか。あるいは描けと言われるのかな。なかなか納得がいく世界の畳み方って難しいだろうなと、再び『アイアムアヒーロー』(花沢健吾さん)の漫勉を見ながら、再び思います。