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やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

猫舌とギターと筋ジストロフィーと

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スキャナー、やっぱり取り込みきれいですね…。早くこうしろ的な…。

 

旦那と子供が猫舌です。日本人は熱い物を食べる知恵として、一緒に空気を吸い込むズズズという食べ方を身につけたと聞いたことがありますが、彼らは一体何人なんでしょう。汁物は先に椀に入れて、放置しながら他の料理を作る妙な癖ができました。

 

 

さて、

 

『漫勉』で、ペン入れした後のがっかり感、よく漫画家の先生の間で語られています。下書きの方がよかったとか、そのがっかり感がいまだにすごくあるので、あえて下書きしないでいきなりペン入れしているとか。

 

自分も…と並べるのは大っ変おこがましいのですが、自分も、思春期の頃は非常に真面目なおたくで、もうちょっと神妙な気持ちで集中してペンを握り、漫画の真似事をしていました。その時、ペン入れの後の衝撃的ながっかり感、幾度となく味わいました。

 

プロも味わうんだと、意外で、身近に感じて励みになっています。そういう小さな挫折の積み重ねで、漫画描くことから遠ざかっちゃったなあと、過ぎてしまった時間を惜しんでいます。

 

今日ミュージシャンのくるりの番組を旦那が見ていました。あ、知ってるよ、あの岸田って人のギター、テレキャスターだろ。人生かけて弾いていくって言って、クリーム色が茶色っぽくなってるテレキャスターだろっ。それに引き替え君は、テレキャスターだ、やっぱジャガーだ、ストラトキャスターだった、いやSGかもって、ころころギターを変えてと、ついでにdisっておいた。

 

番組を見ながら、旦那が3ピースバンドのギターの音の責任感は異常という話をしだした。もろ表に自分のギターの音が出てしまうので、その時のギターの音の薄っぺら感たら、自分で恥ずかしいやら、もろ聞こえなのでプレッシャーがすごいやら。その感覚がなぜか、ペン入れのあと、消しゴムで消したあとの絶望的な薄っぺら感と重なって、分かった気がした。

 

その薄っぺら感がイヤでイヤで、エフェクターをかけたり、ツインギターにしたり、トーンを貼ってみたり。でも年くって憧れるのは、やっぱりシンプルな3ピースの音だったり、ペンそのものの味だったり。

 

ちなみに旦那はミュージシャンでも何でもなく、趣味で長く音楽をやっているに過ぎない人物。私もまた。ただ、好きで何かを続けていると、思いがけず奇妙なところで自分で発見するものがあって、こうなってくると辞められない。またそれを全然違う分野と共感しあったり、面白いです。

 

 

さてさて、

 

今日は有言実行とばかり、日頃思っていることを書いてしまうと、いつか筋ジストロフィーの子供の漫画を描いてみたいと長年思っています。

 

これまで何度も真面目に取り組まんと、数年にわたって下書きをしてみては、挫折を繰り返してきました。子供を車いすに乗せて、窓の外を見せて、だんだん歩けなくなってきた人生を思わせて、そして話が止まってしまう。そういう物を描きたいのではないらしい。

 

筋ジスを明らかに描いてしまうと、医療的な知識も足りないし、それを調べて追っていると、当事者でないので細かい心理状態が描きにくい。それを一生懸命想像していると、何が描きたかったのか分からなくなる。でも、周期的に描きたい波が来る。

 

たまたま木彫り人形から出発して、動物をモチーフに漫画と言えるか微妙なシロモノを描いていますが、これ…だったかも知れないと思い始めている。漫画の中で、人の姿で、ベッドで、人工呼吸器をつけてしまうと、悲壮感が無駄に出てしまう。だけど描きたいのは、そういうドラマチックな悲壮感ではなくて、例えば痒い背中の場所はそこじゃねえとかとか、おいまたぐなーまたぐなーとか…。

 

あそどっぐさんという寝たきり芸人さんがいますが、その感じに近いというか。

 

そういう時、もしかしたら動物等のモチーフで何の病名もつけずにただそういうスペックのキャラを作り、それがただ日常そこにいて、一緒に暮らしていながら泣き笑い、の方が、自分がずっと描きたい核心に近いかもしれないなあと気づいた。

 

セサミストリートの人形が人種や肌の色をぼかすことで、子供が入りやすいように。別に私は筋ジスの何を世間に訴えようというんじゃない。ただそういう奴がかつて身近にいて、何度も思い出し、今も元気にやっているかと気になりながら、もし万一自分の漫画を読む機会があったら、笑ってくれたらいいなあと、そう思っているのだ。この病気について世間に訴えたいのではなく、あいつらといつも一緒にいたいのだと思う。

 

大丈夫かな、このポスト…。