やわらかい ぱん

焼き肉はホルモンが好きです。みなさんはどうですか。

エイゴビートの栗原類氏にはまる

Eテレで放送中の小学3~4年生対象英語番組、エイゴビート。メインキャストが栗原類氏なんですが、ア、アタシ、栗原類氏、好きかも知れない。動いてしゃべっている栗原氏、えらい面白いです。

 

一時期ネガティブキャラで売り出されていましたが、その頃はあまり。たぶんあんまり動かなかったからなんだと思う(笑)。栗原氏のオーバーな動き(役柄的にはっちゃけています)、すげえツボです。今一番好きな番組かも知れない。

 

www.nhk.or.jp

 

エンディングの栗原氏のダンスが秀逸なんですよ。絶対わしづかみにされると思います。是非…。

 

なんか、バットマンの怪人にいそうなんですよ(ひどい…のか…?いや、狙っている…か?)。

 

 

めちゃきつい「通常」の坂

公立の小学校、中学校の普通級でついていけなくなってくると、特別支援教室とか、通級学級とかで補講的な授業を受けるんだろうと思います。

 

通級学級で勉強をしても、どうにも普通級でしんどい場合、進学希望先を選びなおしたり、特別支援学級(固定級)への転入を考えるのではないかと思います。

 

通級学級は、普通級についていくための勉強なので、学習指導要領は一応通常のものに従う形だろうと思います。実際は色々な実態の子がいるようで、下学年の勉強や、基礎的な学習を繰り返しやっている子もいるようです。

 

特別支援学級になると、原則は通常級の学習指導要領に沿うとされていますが、あくまで原則で、特に知的障害学級の場合、通常級の指導要領と同じものはなかなか使えないです…。こうした場合は、知的障害の特別支援学校のものを拝借したりするそうです。知人の話だと、情緒の特別支援学級は、通常の教科書を使って授業をしているそうです。

5.特別支援教育に関する学習指導要領等:文部科学省

 

少し話はそれますが、特別支援学校にあっても「準ずる課程」と呼ばれる教育課程の子供たちは、通常の学習指導要領を使っています。教科書も、その子供の学年が通常級で使っている教科書です。子供の実態に合わせてですが、下学年の教科書で勉強している子もいます。

 

スタンダードな学習指導要領は、それに準拠した教科書もあり、それを一学年で終えるため、自然と順守されていると思うのですが、そこからあぶれた場合、準拠するスタンダードがほぼないというか、青天井というか…。何かこう、いくつかの学習指導要領ダッシュとか、学習指導要領ダブルダッシュとか、バリエーションというか幅が欲しいなあ…と思ったりします。

 

勉強面も普通級は相当きついが、勉強面以外で全然障害を感じさせない子って、います。勉強がどうもできないといっても、はっきりとした知的障害がある学力でもない。そんな子って、います。通常級の学習指導要領と、知的障害特別支援学校の学習指導要領の間が、広い…。何かその間に、ベーシックスタンダードみたいな学習指導要領が欲しい…。

 

上記のような子は、身近に何人かいますが、おそらく就学前には全く分からず、保育園や幼稚園では、もしかしたらよく出来たお子さんで、どちらにしても勉強を教える縛りのない先生たちにしたら、可愛かったろうなあ~~と思うんですよね。

 

教科が始まったとたん、少しずつ、少しずつ難しさを蓄積しちゃったんじゃないかと。しかし話しても、普通の子。生活面では、私より頼りになるかも知れません。電車の乗り換えとか、バスとか…。

 

これはもう、普通の子なんじゃないかと思うのですが、昨今の学習指導要領は厳しいのかなあ。それとも公立学校自体が厳しくなっているのかなあ、もう本当に可哀そうになる立場にいたりします。このまま公教育が中の下ではなく、上の下、上の中に合わせていったら、多分、こういう子のすそ野は広がると思う…。

 

まあともかく、学校について行けない子の支援は、明日は我が身の支援でもあるわけです。だって何だか右肩上がりに、学校の勉強や試験について行くのが大変になっているような…。

 

職場で定期試験の問題用紙を見せてもらったのですが、これ、資格試験じゃないの?あるいは都立高の入試の過去問?と椅子から転げ落ちそうになりました。いやあ、昨今、公立中の定期試験ってそんなに難しいの?

 

私は私立でしたが、定期試験、そりゃもちろんとても辛いものでしたが、それにしても試験2週間前から頑張れば、よほどの事故がない限り(そして事故はあった 笑)、まあまあ…何とかなりませんでしたか‥?自分を含め、年配の方々。

 

頑張ったのに、できなかったという子を見ていると、何だか学校で一体何が起こっているだ…と心配になってきます。聞けば、本当にそれなりに勉強しているんですよね。試験範囲の内容がすらすら口をついて出て来る。できなかった、のレベルが違うのかな…。いやあ…。

 

昨日、たまたま高校を中退したyoutuberの動画を見ていて、学校を中退するのは、甘えだと書いている人がいたんですよね。これ、子連れでドラえもんの映画を観に行った際、小学生同士が同様のことを言っているのを耳にして、びっくりしたんですが、今の子供たちは、そんな意識を持って学校に行っているんでしょうか‥。

 

何だかお互いにチキンレースをしながら、お互いを見張っているみたいな印象を受けて、ドラえもん見に来ているような子供達に何が起こっているのと、びっくりしたので覚えています。

 

ところで英語の歌を歌うのが好きな子がいて、英語の歌か、何か気晴らしに歌うかなあと思っているんですが。今日、脳内に浮かんだ歌は、ノーベル文学賞をとったあのおじさんの曲でした。

 

How many roads must a man walk down
Before you call him a man

 

(Bob Dylan "Browin' in The Wind")

 

一人前と呼ばれるまでに越えなければならない坂が、あまりにきつすぎやしないかねえ…。その坂は、本当にみんなが一律に登らなきゃいけない坂かなあ…。その坂が唯一の物差しなのかなあ。(長い道っつうかなんかもう途方もない、登っても登っての坂を彷彿としますが…)

 

幼稚園から満面の笑みで帰って来る我が子と、「保育園のころは、楽しかったな…」という子と、何ともやるせないです。

 

だから鬼才にはパトロンが要ったのかな…。

対人関係で難ありの子の指導として、相手の話を遮ってはいけない、とか、ありますよね…。が、場合によっては、この子は今必死に粘土のように自分の中にあるものを彫塑していて、その過程で手探りの言葉を出していて、別に周囲に対してマウント取りたいとかではなく、邪魔すんな!!っていう意味で、人の言葉を遮ったり、怒ったりしているんでは、とも…。

 

branchkids.jp

 

ユニークな子の興味にあわせ、個別に「メンター」を派遣してくれるサービスらしいです。一度試してみたいな~と思いつつ、我が家の子供は言うほど個性的でないので、ううむ…周囲に被験者はいないかと、まったく個人的興味でアンテナを張っています。我が子の趣味は、広く浅いからなあ…。プリキュアの話は、酒を飲めば私も付き合えるし…(素面では、がんばって5分)。

 

たまたま「メンター」(要するに契約スタッフ的な立ち位置で、特別なスキルがあり、協力してくれる人を外部に増やしているみたいです)の一人にまだ幼い面もちの子がおり、詳細を開いて読んでいました。…なんとなく、仕事先の子供にも通じる気が。

 

周囲の子と比べ、深く知的な興味。周囲の子がジャニーズやyoutuberに夢中な今、宇宙や多次元や素粒子や、な、なんだか分からないけれど、そうした世界に深く魅せられ、自分なりの理論を手探りで立てている…。

 

モーツァルトは音楽の天才(わからん、多分)。だけどそれ以外生活に関わることはからきしダメで、父親亡き後どんどん身持ち崩す。…みたいなことになるのは、総じて本人自身も自分は不幸だあと感じるかも知れないので、出来る限りの身辺自立の手助けをしたいですが…。ただ、結構厳しめの支援者の中にあって、

「大人のみんな、本当に全部矯正しちゃって、いいんだろうか‥?」

と思うこともあったりします。

 

時に、人間の能力の総量はそれほど差がなくて、真ん中からどうずれているか、の違いなんじゃないかな…と思うことがあります…。世間一般の真ん中の座標が、その人の能力範囲の大体真ん中に入っていれば、悪目立ちもせず、自分をマイノリティとも感じず、似たような興味の友人も多く、日々性格面だけ見れば、孤独を感じずにやっていくかも知れない(経済面が含まれると、話は単純じゃなくなるでしょうが)。

 

世間の真ん中の座標が、その人の能力範囲のうんと端にある場合、その人はその分、多くの人がリーチできない場所にリーチしていて、特殊な才能を持っているけれど、その分野を分かち合える人は稀ではないかと。

 

さらにその人の能力範囲が、世間一般の真ん中座標を含まなかった場合、周囲から理解される事がとんとないかも知れない、とか…。そういう想像を時々します。

 

私たちが生活する上で、ほんの一握りの天才(異才)たちの発明や発見、研究、開発した商品に恩恵を受け続けようとするのなら、その分の変わり者たちの身辺や生活の支援くらいは、してしかるべきなんじゃなかろうか‥とも。凡人(私)に忘れ物を指摘されている異才(仕事場の子供)を見ると、本音では思ったりします。

 

自分がその子の年齢のころ、何に興味を持っていたかって、ジャンプ漫画とBLですよ。

 

同年齢で、どうして深く知的な分野に造詣が深いんだ。どうして自由時間に素粒子の本なんて読もうと思えるんだ。本当に神様からのギフトだよなあ…。まるで、そうしなさいと、特別に選ばれて、組み込まれているみたいだ。

 

何だか、小さなもじゃもじゃ博士のようなその子が、きちんとした身なりになり、きちんと忘れ物なく生活するようになり、きちんと周囲の人と協調するようになり、孤独から解放されたら、その子はもう、宇宙について深く考えないのでは…なんて危惧もします。

 

その世界がそうした子どもを強く呼ぶのかも知れないし、私は、どうも周囲とずれているという孤独感や寂しさもまた、メタ的に深く学問に呼びこまれる1つの要因なのかも知れないなあ、とも想像しています。分からないですけどね…。

緑色ってきれいだよね

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

これ分かるなー。

 

私が障害児の世界に入ったきっかけは、教育実習でした。美大を出まして、…実はその頃、家庭も荒れ気味でして、私は摂食障害を抱えておりまして、何とか卒業したのに、就職がない時期でした。ロスジェネ世代です。

 

頭を下げてコネを使い、派遣社員。働きながら中途採用で社員。でもまあブラックで、営業方針も大転換、ここにいても将来が見えない。そんな30歳。一念発起して大学に学士入学し、教職の免許を取りました。その介護等体験の際、知的特別支援学校で、出会ってしまったんですよ。

 

発語はないけれど、こちらの言うことは分かっている様子の大柄な自閉の子でした。なぜか彼と私は気が合い…なぜかセットにされることが多く、そしてなぜかそれほど難しい子でもなく、先生に言われるがままに一緒にいました。

 

プラ板工作をする時間になり、下絵を渡され、その枠線を描いてあげるように、と言われました。その子はグー握りで感覚遊び的にペンは走らせるものの、形を描く様子ではありませんでした。だから枠線を描いてあげて下さい、なのかな、と。

 

いくつか下絵を提示すると、彼はスイカの絵を指さしました。だから、スイカの下絵を描きました。それを渡すと、少し塗るのですが、私に返します。で、私の手を取って、絵の上に置き、塗れと言っている様子でした。私が塗っていいんだろうか?…まあ、塗るか。

 

緑のマッキーか何かで塗っていると、その子が机に頬をつけ、マジックの先が動くのをもう、今生で一番美しいものを見るかのように、うっとりと見ているのです。そのとき、思いました。

 

私は小さい時から絵が好きでした。がんばって受験して(受験倍率27倍)、美大に行き、だけど何がいい絵なのか、それは教授がいいと言うだけで、結局教授の絵で。君の絵は○○教授にそっくりだ、と他校の教授に指摘され、私は何を描きたかったのか分からなくなり。何か、そこで突き詰めたところで、今度は仕事もなく、食える口がすぐにあるわけでもなく。辛うじてそこそこ好きだった英語に切り替え、そうしたら仕事があり。

 

私は何で美大なんか行ったんだろう。何で絵なんかに人生かけようとしたんだろう。それでも絵が大好きで。大学を出る頃から、恐ろしい枚数を書いたけれど、誰かが見てくれるわけでもない。否定されるくらいなら、見せたくもない。私の言葉なんだ。私自身なんだ。私の精神なんだ。マウント取られて、ニヤニヤ好き勝手言われたくもない。

 

やがて絵と自分が接近しすぎ、描けば不安がそこに描かれていて、自家中毒のようになり、他の作家の絵からも感情が入ってくるようになり、非常にしんどく、夕方になると不安で息苦しくなり、自分にライトを当てて過ごすようにもなった。歩いていても、自分の頭蓋骨の中を歩いている感じがする。新しい情報が欲しい。自分の世界を壊したい。しばらく筆を断とうと決めた。

 

仕事に入ったら、忙しすぎて、絵を描きたいと思っても、まとまった時間もない。画材が買えるほど潤沢なお金も稼げていない。仕事も不安定で、仕事を続けることに必死だった。まず仕事で安定して、そのまず仕事が全然安定しない。

 

数年間、まともに描けないままで迎えた教育実習。絵を断って、創作を断って、自分の世界観を断って生きて見れば、自分は(自分で言うのもアホですが)存外優秀で、何にも人並みのことはきっとできないと思っていたのに、結構仕事もそれなりにやって。

 

だけどずっとカサカサで。何も面白くなくて。

 

緑のマッキーでスイカの絵を塗っていたとき、その子のあまりに澄んだ、キラキラした瞳を見て、

「ああ、緑色って、きれいだよね。」

とその子に言い、…泣けてきたのでした。

 

緑色ってきれいだよね。それだけで良かったんじゃないか。

 

私はその子に救ってもらったのです。

 

…だから、私は今もここにいるんでしょう。

感覚統合…!

ninono0412.hatenablog.com

 

いつも拝読しているブログさんで、感覚統合障害の話を読みました。…!!これではないかと思う子が仕事先におり、さっそく感覚統合の本を購入しました。飛んでゆく、今月の稼ぎ…。

 

我が子も、年齢的なこともあるのでしょうが、体がしっかりして見えるわりに、まだ体の使い方が巧くありません。私自身もそんな子供でして。小学校2年生くらいまで、どうも運動の苦手な子でした。いつもかけっこはビリ。縄跳びも、木登りも、鉄棒も下手くそ。

 

小学校2年で田舎に引っ越しました。小学校は遠いし、山だし、なぜかアホほど運動に力を入れている学校で(言い過ぎかな…)、校庭を毎朝1キロ走らされ、体育でさらに走らされる内、一年後、引っ越す前の町を訪ねて行って、その町の友達とかけっこしたとき、ダントツに早かったんですよ。

 

体を使う機会が少ないと、発達も遅いのかも…と今では漠然と思っています。さらには、体を同じだけ動かしても、その刺激が合理的に活用されず、運動量のわりに、体や感覚を統合しにくい子もいるのかも知れません。

 

一人、その子は腹を割って接すると、とても素直でいい子なのですが、どうも何かの調整が下手なのでは…?と感じさせる子がいます。こちらの問いかけに答える声が妙に大きかったり、距離を広めに取ろうとしたり、何たってダントツに心配なのは、姿勢がすごく悪いのです。

 

姿勢。私はどんな格好でも、勉強さえ頭に入れてくれればいい立場なのですが、学校の先生は、姿勢をすごく求めます。姿勢が極端に悪いと、態度が悪い、引いては自分に対してあえて反抗的な態度をとっている、と誤解されがちでは。…いや、実際、すごく態度が悪く見えるのです…。本人は実はとてもまじめでいい子で、これは本当に大変な損なので、どうにか一緒に考えて行かなきゃ…なのですが。

 

見ていると、これは反抗的でこうしている訳じゃないんだな…と分かってきます。なぜか、あえて不安定な座り方をします。椅子のヘリに座り、ものすごーーーく前傾になり、机に伏せる形で学習します。

 

バランスボールに座って勉強をすると、集中力が高まる、という説もあります。自分もあえてイスのヘリに座ることがあるので、この子も、何か意識的にか無意識的にか、刺激を入れているのかも知れない、とは想像しています。

 

肢体不自由児と仕事をしていた経験から、すぐに「体幹弱いんじゃない?」という発想が馬鹿の一つ覚えで出てくるのですが、この子の場合、姿勢を見るにつけ、「…私の思い過ごしかなあ。…やっぱり体幹が弱い感じはするなあ…」と疑っていました。ただこの子は運動はしているようだし、特に他の大人や学校の先生に指摘を受けたことはないようなのですが…。

 

一緒の職場の大人が、気分転換にこの子にストレッチを持ちかけたとき、思い切りぺしょ、と潰れていました。もっと筋力のなさそうな、運動しないだろう生活を送っている子のほうが、そのストレッチを難なくこなしていました。私自身、万年運動不足ですが、特につぶれるような難しい運動ではありませんでした…。

 

…そうか、感覚統合か。その発想はなかった…。たまたま、タイトなスケジュールで、体がガチガチになるような詰め込み勉強をしたので、ストレッチをしましたが、これは案外もしかしたら、すごく大事な活動になるのかも…と今日思いました。

 

子供って、必要な運動はすごく楽しいのかも知れません…。我が子もツイスターゲームが超大好きです。毎日風呂上りにさせられ、汗だくになっています(苦笑)。縄跳びは好きではありません…。たぶん、ちょうどいい運動っていうのがあるんでしょうね。たぶん我が子には、縄跳びは若干早いのだろうと思います。

 

職場の子はすごくやる気で、前向きで、真面目でいい子なのですが、いかんせん何かの調節が上手く行っていないらしく、それが全部「態度が悪い」という評価に結び付いてしまい、気の毒です。何でこんなに返事の声がでかいんだろうな、と。

 

無邪気な感じがして可愛いので、チャーミングに思いつつ、ふと「あれ?」と不思議になっていました。何か、自分の発する音に、鈍感な感じもします。聴覚に何かある…?と考えてみたものの、今までこちらの指示を聞き洩らしたことはなく、ただただ自分で発する声がでかいのです。

 

感覚統合かあ…。もしピタッとはまる運動を導入できて、本人がそうとは気づかずすごく楽しい顔をしてくれたら、いいなあ。