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やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

ドリルもいいけど、発信したいことを発信する(英語)

知的障害がうっすらある子達に英語を教えています。中には何年も英語をやっている子もいるのですが、残念ながら、定着していない子が多い。

 

前任者は知的障害のない定型発達の子をメインに教えていたらしく、使っていたプリントがあまりにそれに準拠していたので(たぶん2種類作りたくなかったんだろうなあ…)、疑いつつ、引き継ぎつつ、「このくらいかなあ…」と計画していた内容。

 

しかし日を追うごとに、しんどいなあ…という気分になってきた。教える側がしんどいなあと思うとき、往々にして子供もしんどい(と思う)。歯車が合っているとき、このしんどさは出て来ない。導入の仕方かなあ、それとも…。

 

内容を絞って、ペースをゆっくりにしてみる。と、自然、こちらから「これを習得しなさい」と前もって範囲を決めて提示することをしなくなり、「これを使って、何でもいいけど何言いたい?」と、オープンな状態で授業するようになってきた。青天井。

 

私はネイティブではないので、「う、それ英語で何ていうんだろう」と思うこともある。そういう時は「来週までに調べてくるわ。」とざっくばらんに言っている。

 

調べてみると、こちらもすごく勉強になる。本のタイトルや曲のタイトルなんか特に難しくて、まあ固有名詞だからローマ字でも良さそうなものだけど、子供は英訳したがる。

 

ネットってすごいです。調べてみると、英語圏との距離がずっと近い。趣味で英訳している英語圏の人がいたりして、「ネットではこういう訳で、結構定着しているみたい」と、話題が広がったりする。

 

ゆっくりではあるのだけど、子供は自分の言いたいことを英語で言うようになり、書くようになってきた。これが驚くほど、定着する。

 

私が大学で英語教授法を学んだ際、言語材料は絞り、その中で活動させること、と言われた。使う語彙はプリントに記載し、その中から選んで言語活動をする。「エラーを始めから想定し、エラーさせないように準備する」姿勢を教えられた。

 

でも、実際どうですか。実際言葉を覚えていくのって、プリントの枠の中にある限られた語彙から選んでいるのではなく、自分の言いたいこと、自分の興味あること、それに光をあてて、外に発信してみたいから、使う気がする。

 

もうどうしようだけど、ずっと動詞のlikeをやっている(苦笑)。他の動詞も導入しているのだが、likeと言うのは奥深く、子供はどんどんlikeを発信したいらしい。ようやく、全員が抵抗なくI likeでぽんと文を作るようになってきた。これが不思議なことに、勝手にしりとりのように順番に言い出し、喜々として何巡もする。

 

知的障害がうっすらあるけれど、実際言語を自分のものにして、抵抗なく自分の気持ちを乗せて言うようになるには、これだけの時間がかかるのかもなあ、と思い始める。

 

別の仕事で、知的障害はないけれど、何かがベースにあって、低学力だったり、不登校になっている子に、補習の形で英語を教えてもいる。

 

補習なので、基本、学校の進み具合に合わせ、テストで点数が取れるように、受験のときに少しでも蓄積され、少しでも希望に手が届くように、と思って教えている。

 

だけど中には、語彙の乏しさなんだが、「やだ」「やりたくない」「だりい」「めんどうくさい」しか言わない子もいる。英語の補修で呼ばれ、受け持っているので、それ以外私に求められても困るんだがなあ…なんだが。水飲み場に連れてきて、馬が水を飲むかどうかは馬次第、という塾界隈でよく聞くセリフがあるが、それが浮かんで仕方ない。

 

だけど、どれだけの子が、助動詞を自分の気持ちにフィットさせて自由に使いこなし、関係代名詞を無意識に使いこなし、現在進行形と現在形を自分の感覚でつかいわけているだろう。楽しくなーいと言われても、…そうだろうなあと、少しだけ思うように。(私は語学マニアなので、断然楽しいんですが)

 

さらに思うのだけど、疑問詞の使い方。What do you like?のWhatなんだが、これって、地味に難しくないですか。倒置になっている(と思う)。

 

実際のところ、英語圏の幼児はYou like what?という使い方を一時するらしい。大人になって結婚して移住した知人も、この使い方をしていた。これだとすっごく分かりやすくないですか。これがWhatを強調するあまり、倒置になって、doを引きずって表に出しているんだろうなあ、と踏んでいる。

 

…なので、本当は、その順番を追って教えられたら定着するだろうになあ、と思う。いきなり疑問詞の質問をしようとしても、おそらく多くの日本人が緊張するとか、頭で考えるとかすると思う。

 

一度

You like what?

You met who?

You go where?

で教えてみたいなあ…と思ったりします。それを導入したのち、疑問詞を倒置によって強調する、というのを次の段階で感覚的に教えたいなあと。

 

意識的には疑問詞に大注目しているが、何となく助動詞の一味が無意識に近く、引きずられてささやかに表出している、そんな流れて教えてみたいなあという欲求が私にはあります…。怒られるかもしれないので、表だってできないんですが…。

 

自分は一つ目の大学が美大です。二つ目の大学(学士入学)が英文科です。美大をなぜ選んだのかというと、学校の授業で美術が一番好きだったから。あと好きだったのは、作文位かなあ…。

 

何で美術と作文が好きだったかというと、青天井だからなんですよね。他の教科は、正解があって、それを出すことを授業内で求められる。常に正解かな、という緊張感がある。英文を読むにしても、発音合っているかな…。オーラルの活動にしても、文法合っているかな…。

 

でも、美術は正解はなく、自由にぶっこめた。作文も正解はなく、自由に書けた。だから好きだったんだと思います。でも、本当は他の教科だって青天井のはず。正解不正解ではなく、英語だったら言ってみたいことを相手が理解してくれたかどうか。そこに学のある言い方ができれば、それはもっといいのだろうけれど、まずは伝わったか、そして言いたいことを言えたか!

 

社会だって数学だって、本当は青天井のはずですよね。

 

センター試験(名前が変わるみたいですが)も変わる予定の昨今。子供が「だるい」「うざい」「やる気ない」「面白くない」と言うのも、もしかしたら時代に即しているのかも………。

母の日のスピナーリング

発達障害支援のアクセサリーで、スピナーリングっていうのがあるそうで。手持無沙汰だったり、不安が強いときに、クルクルと回るギミックの指輪をみにつけ、クルクルクルクル回すことで、多少解消する、という狙いみたいです。もともとその目的でなく、スピナーリングってあるみたいですけどね。シルバーブランドのクロムハーツにもあります。

 

私、もともと緊張が上がる場面では、指輪をいじる、回す癖があるんです。そのため、物心ついたころからシルバーリングを買い続け、家には10は同じような、やや幅広であまり重くない指輪があります。毎回、無駄遣いしているな…と自己嫌悪するのですが。

 

ただ、どこかに初めて仕事で赴くとか、初めての人に責任ある立場で会うとか、緊張がぐっと上がる場面では指輪をつけたくなり、しっくりくる指輪がないと、ネットや店頭で指輪を探すことにかなり時間を割きます。

 

もう年齢的に、これは一時の見通しのなさから来るパニックだとも知っているので、必死になって指輪を探すことに時間は割くものの、実際に購入には至らなくもなってきました。

 

自分が結局気に入った指輪は2つ。ハリウッドランチマーケットで以前売られていた、スターバンドのリング(裏面がつるつるで超気持ちいい)と、セルティックアーツとかいうごついシルバーブランドの(A&G系列)一番安いリングです。こちらも裏がつるつるで、感触がいい。ただごっつくて、指に当たる部分が痛いのですが…。

 

初任給でクロムハーツのクロスバンドリングも購入しました。本当最高にめちゃくちゃ恰好いい…とほれぼれするものの、重すぎて身に付きませんでした。あれはハーレーとか乗るおじさんのごっつい手だから、何とか収まるような…(個人的イメージ)。

 

母の日が近いということで、旦那が「何か欲しいものない?」と聞いてくれました。正直私はいっつもデフォルトで「オシャレしたい」とか「季節にあった服を楽しみたい」とか発想できる健康さに手が届かず、「便秘症を治したい」とか「子供に邪魔されずにあと5時間余計に眠りたい」とか「むくんだ足をどうにかしたい」とか生体的な欲求のあたりをうろうろしているため、いつもこれといって欲しいものが浮かびません。

 

いつも、「別にいらないよ」になるのですが、今回はっと思いつきました。

「スピナーリングが欲しい。発達障害者向けに作られたっていう。」

 

小さい頃は指しゃぶりが抜けず、親が随分心配しました。スヌーピーライナスの毛布的なものもあり、いつも旅行や遠出の際はカバンに入れてもらっていました。言い換えると、それさえあれば何の緊張もなく、緊張する穴に蓋がされているような状況で、割と何でもぼけーっと乗り越えられました。今はさすがに使用しませんし、指しゃぶりも直りましたが。

 

ただ、時々緊張が上がると、指輪が欲しくなるのは、その名残りなんだろうなと自覚しています。なので、せっかくなら、しっかり支援目的で作られた発達障害者向けのスピナーリングを1つ試してみたい、と。

 

お値段は2800円、ステンレス製です。実はこれだけシルバーアクセを付けたせいでしょうか、金属アレルギーを発症しており、スピナーリングはどうしても幅広なので、シルバーだと汗をかき、かぶれます。ステンレス製だから安く、アレルギー的にも有り難い。というわけで、アマゾンで購入してもらいました。

 

 

ところで旦那はADHD傾向の強い人です。…というか本人その気なら、診断が下るようにも思うのですが、大学でも勉強しており、現在は支援する側で、今更感もあるんでしょう、特に診断はもらっていません。まあ、アマゾンで余計なサイズをポチってしまって、それが先に届くわけです。

 

さすがに25号の指輪はぶかぶかすぎて使えず、旦那はショボーンとしながら返品手続きを始めました。こういう失敗あとのフォローの知識や馬力はすごいです。

 

「せっかくだから自分で使ったらいいじゃん。会議の時とか、さかむけむしったり、カサブタ剥いで血を出したりしているんでしょ。」

旦那は座ってじっと(あんまり実りのない…)話を聞く会議のとき、手持無沙汰からか色々ひっかき、カサブタが剥げて出血をしたりしています。ちなみに職場は衛生的に良くない場所らしく、以前小さなケガからばい菌が入り、それで脚がパンパンに腫れ、入院、病休、車いす生活を送ったこともあり、あまりあちこち引っ搔いて欲しくないのです。

 

誤って届いたスピナーリングは、旦那が付けてみると親指にジャストフィット。

シャー… シャー… シャー… シャー…

無心でスピナーを回す旦那。だんだんニコニコしてきます。

「いいわ、これ。あら、いいわ。ギターを引っ掻いて音を出すみたいで、暴力性が昇華される気分。」

 

シャー… シャー… シャー… シャー…

昨日はあちこちで音が聞こえ、笑ってしまいました。

 

その後私にも希望していたスピナーリングが届きました。私も、何をするでもないんですが、何か考え事をするとき、しかもそれが深い集中ではなく、やや浅めで考えるときなど、無意識にくるくるしています(旦那ほど激しく回しません)。

 

ADHD傾向の強い子を教えているとき思ったのですが、この浅い集中状態って保のが難しくて、一番気がそれやすいようにも思います。

 

教えている子供がプリントをやっていて、気がそれ始めたころに、そういう支援のやり方があると知って、わざと手遊びできる簡単なおもちゃを渡してみました。一番オーソドックスな支援としては、気が散るものを周囲に置かない、でしょうが。ある程度は殺風景な部屋なのですが、視覚的に無菌状態のようにしても、今度は脳内の想像の世界に飛ぶことも予測され、あえてちょっとお試しで。

 

渡したのは、マックのハッピーセットのおまけで、押すとピコーンと小さな音のするキノコでした。まあ、集中して遊ぶには、退屈なレベルの玩具ではあります(可愛いんですけどね)。

 

どうなったかというと、ピコピコしばらく押し、それを片手に持ちながら、再びプリントをやっていました(笑)。周囲から見たら、ダラダラやっているように見えるかも知れません。が、玩具なしだと恐らく一気にお喋りが始まり、その日はプリントに戻らないだろうなあが予測され、ダラダラでも、結局時間いっぱいプリントができたので、へえ、意外にいいじゃない、という印象でした。

 

気が散るものを渡さないではなく、適度に気が散るものを渡す、というのもアリみたいですね。それで集中して遊ぶには退屈、というのがミソなのかなあ。

 

イギリスでハンドスピナー(ただただクルクル回る玩具)が流行り、学校持ち込み禁止になったそうですが、いやあ、学校とスピナーは親和性高いでしょうね(苦笑)。

 

というわけで、覚醒状態で

「スピナーリング2800円、超お役立ちでお勧め!!生活が変わります!」

…という程のものじゃないんですが、半分無意識の世界では、これ、実はなかなか優れものに思います。

 

少なくとも旦那は結構意外なことに、飽きやすいあの旦那が、折々指にはめてシャーシャー音を立てており、私も仕事の準備をしながら、印刷を待ちながら、これを打ちながら、くるくる回しています。

ファインディング・ドリーと我が家の面々(一部ネタばれかも知れません)

子供時分の栗原類さんが『ファインディング・ニモ』を劇場で観た時、

「ドリーってすぐ忘れちゃうんだね」

と母親に言ったそうです。

 

母親はそれまで障害特性のことを本人に言っていなかったそうですが、これを機に、本人に伝えたそうです。

「実は、あなたもそうなのよ。」

 

続編である『ファインディング・ドリー』は、興行収入はそれほどではなく、人によって「面白くなかった」という方も…と聞きます。我が家も劇場では観なかったのですが、いやあ、観ても良かったなあ。今日娘とwowwowで観て、大感動。我が子は一度見終えてすぐに「もう一度見たい!」と言うほどでした。

 

ドリーは確かに、何らかの発達障害を明確にモデルにしていそうです。

 

さて我が家。ファインディング・ドリーでいうタコが私です。

 

私自身が自分で自分を「無理」と縛り、あのタコのように、やりゃあそれなりに乗り切ったりするのに、無理、無理、無理…と水槽の中に引きこもりたい傾向があります(というか、それで引きこもりになりかけた事が)。

 

一方旦那はあそこまでではないにしろ、ドリーが若干入っている…と言ったらどうなんだ、ですが。随分丸く育ったものの、忘れることは多い。ただ、思わぬ所で頼りになり、非常事態で「これ詰んだわ」と思考停止に私がなるところで、覚醒するようにも感じます。そう、私はどういうわけか思考停止になるんですよね。

 

ドリーと出会ったタコの気分。人生一番幸いだったなと思うことは、結構計画外のところでの出会いだったりもします。ドリーのタコへのメッセージは、私のためのメッセージに感じます。

 

私は実父は、旦那とある種逆といえるのか、これまた少々変わった人です。例えばカレンダーの日付で予定をすべて決めていて、全く何年もその通りに動く人でして。言葉のやり取りにどうも曖昧さを許さず、どう転んでも一通りの解釈しか出来なさそうな言葉遣いを徹底する人でした(職業病かも知れませんが…)。

 

会話のはじめと終わりは、かならず1つのところに帰結するように徹底する。途中で話が違う方向に行くなんてことは、まず考えられませんでした。最近はこちらも丸くなりましたが。

 

…なので、旦那との会話、常にその時何となく思いついたことが会話を違う方にもっていき、まず会話の始めと終わりが同じところに帰結することがないのですが、これには最初のころは面食らいました。今は、ああ、会話っていうのはグルーミングだしな、と、慣れました。どっちかというと、旦那との会話のほうが楽かなあ。

 

昔は対父で曖昧な物言いを許されず、でした。IT会社の派遣の仕事をしていた時、周囲はどうも父親的な人が多くて、何が幸いするかですが、対父で苦労したお陰か、職場に早めに適応できた気もします。

 

そのIT会社は学校のクラスのような、曖昧で何がなんだか、何がしたいんだの場所と違い、できない、分からないで怒られることはなく(努力しない、能力がないは論外ですが…)、最短の言葉で合理的に物事をすすめることが美しいという価値観で、あれは楽しかったなあ。

 

打ち合わせをするとき、とりあえずマウントを取りたいとか、分かっていないけれど威張りたい人への対処法は学校で身に着けてきていたものの、それとは全く違う世界でした。話の中でどれを言っているんだと突っ込んではっきりさせても、そもそも私はかなり性格がキツく、普段それをあまりださないようにする癖がなぜかいつの間にかついているのですが、そのキツさが全面に出ても、むしろその方が巧く行く、求められるという、不思議な空間でした。

 

うわあ、こんな世界があったとは…と思ったのを覚えています。うわあ、こんな世界といいながら、打っている自分にはドリーとニモの泳ぐ広大な海が浮かんでおります。思えばあれも、美大を出て就職先が皆無だった(ロスジェネ世代です)というハプニングで出会った海でした。計画通りだったら、きっと見ることも感じることもなかった海だったんだろうと思います。

 

実母も何だか分かりませんが、少しでも集中すると耳が遠くなります。テレビを観ているだけで私の声は届かなくなるので、子供のころは難儀しました。これは祖母も同じだったそうで、私には受け継がれず、なぜか隔世遺伝で娘に受け継がれました。

 

娘はそんなわけで、幼稚園でお名前を呼ばれてもボーっとしていると再三注意されております。が、我が家にしてみたら、むしろ私がマイノリティなので、むしろ世間的にこんなに私の特性だらけなんだ!?というのが驚きです。みんな、それ普通だと思っているの?むしろ我が家では、マイノリティ…。

 

限られた小さな海に住み続ける大人は、かえって「海って(世間て、世界て、社会て、生きるって、人生て)こんなものだ。適応しなきゃダメ」と子供に教え込もうとする気もしますよ。タコさんはドリーに会う前だったら、きっと子供に「海は危険だ。結局水槽が一番安全でいい」と教えた気がします。

 

娘と接する大人は、できるだけ色んな海を知る人がいいなあ…と思っています。集中して耳が遠くなるなんて、我が家じゃスタンダード。そして、その特性を持つ家族は、他より学力が高いんです。(なので、祝福だと思って育ててきました)

 

再び我が家の旦那ですが、連休が終わる最終日は必ずと言っていいほどなのですが、最後の最後まで「まだ俺は明日には行かないぞーー」と外に出て徘徊して連休を惜しむので、今日もどうぞというわけで、一人お出かけしています。

 

考えてみれば私の父方の祖父は雪のシーズンは全く家におらず、山小屋にこもりっきりでスキーをする人でした。正月いた試しがない、とか聞いた記憶が。とはいえ家族思いの人でした。そんなわけでなのか、旦那が元気に単身どこぞに行くのは、何か想定内なんだなあと自分で思います。

 

ファインディング・ドリー』には、色々なキャラクターが、それこそ色々な特性や身体的な特徴(ニモは片方のヒレが生まれつき小さいですよね)が設定されているのかな?と思わずにはおれないキャラクターがいて、それが海の生物たちだったりして。映画のナビゲーターをwowowでしていたサカナ君さんもイメージに加わり、色々な生き物がいる海、色々な人たちがそれぞれ生きる広大な場所、何だか予想以上に、ぶっちゃけると個人的には前作以上に面白かったです。

仕事でなく家庭でなく第三の苦労、からの

あえて苦労といってしまっていますが、子供のお友達(発達障害あり、服薬あり)のことで、悩んだり考えることが増えてしまい、勝手に疲弊しています。自分いい人面しなきゃいいのですが。ただ、我が子はその子ととても仲がよく、いないと寂しがり、~は人のためならずは真理かもなあと。

 

発達障害はグラデーションみたいなもので、みんな何かしら持っている…ように思います。実はどの手立ても、視点も、色々な場面で有効なんだろうと。

 

検索していて出てきた記事です。すごくお勧めです…。(もういっそ、当ブログではなく、こちらの記事をお読みください)

 

www.gakken.co.jp

 

我が子とセットで一緒にわちゃわちゃと遊ぶ場合、兄弟児がいたら、こんな感じなのかな、こういう問題点が生じやすいのかな、というような学びをさせてもらっています。兄弟児。知人に一件、障害のある子ではなく、健常だったはずの兄弟児のほうが病んでしまったケースがあります。また、健康に育ちましたが、障害のある兄弟に親をとられ、寂しかったという知人もいます。

 

地域で、周囲の人とつながりながら、というのを理想にするのに、周囲の人や一番身近な人が我慢を強いられるのは、長続きしそうにありません。片方ばかりがしんどい関係になってはいけないですよね。

 

我が子といるとその子が落ち着いているので、保育者もまるで小さい支援者のように我が子を扱い、無意識か意識的にか2人でいつも放っておいているのが見えるとき。ちょっと注意しないといけないな、と正直思ったりもします。

 

我が子は外で「イヤ」をあまり強く言えなかったりします。さらに大人びて見えるのか、本人が傷ついている状態より軽度に「もう大丈夫だよね」と適当に流されることがあります。あるいは「大丈夫になれ」と強引に収拾をつけられることも。暴れない子、手のかからない子は、余り時間を割かれないというのは、集団指導の悪いところです。

 

他害や強引さ、問題行動のある子供に寄り添うあまり、周囲の子を犠牲にしたり、我慢を強いてはいけないという視点は、案外現場で忘れられがちに思います。

 

例えば上記のリンクの記事にもありますが、暴力的な言葉をかけられたとき、噛みつかれたとき、嫌なことをされたとき。悪気はなかったんだとか、それほど悪い奴じゃないというフォローを、私も我が子に対してしてしまっています。が、どうなんだろう。やられた方は、下手をするとショックと、相手ばかり贔屓され、自分はまともに取り合ってもらえない不公平感や寂しさが残る怖れを持ち始めています。

 

我が子は、お友達と一緒に遊べた楽しさと、母親が自分の一番の味方ではない寂しさの両方があった様子で、それを聞いて大変反省しました。私自身、子供が他害を受けたとき、激しいショックがあり、ショックがありすぎて、かえって「あ、噛むんだ。油断した。」と冷静になってしまいました。子供のことは、あまり直情ではいけないかな、とセーブすることがありますが、少なくとも被害を受けた子に対しては、ショックを正直に出してもいいのかも知れないなあ、とも反省しました。

 

療育のバイトをしていた時、女の子の長い髪の毛を引っ張って、イスから転げさせた子がいました。問題を起こした子の保護者も一緒だったので、保護者に対して、スタッフがこの問題を起こした子のフォローをしました。悪気はなかったのだと思う。目の前に髪の毛があったから、衝動的にだと思う。席が近すぎました、すみません。

 

だけど、引っ張られた子とその保護者に対してのフォローが全然なかった。問題を起こした子を「受け止める」ことに必死で、他害を受けた子への配慮が抜けてしまいました。痛かったのに。びっくりしたのに。何一つ悪いことをしていなかったのに。

「すいません、わざとじゃないと思うんです。」

という軽いフォローはあったものの、それで何になるのかと。

「痛かったね、ごめんね。大事な〇〇ちゃんに痛いことしちゃ、絶対ダメ!って先生、ちゃんと叱っておくから。」

髪を引っ張った子が、理解して「ごめんなさい」ができるフェースの子ではなかったので、「ごめんなさい」を強いはしないものの、嫌なこと、痛いことをされた子に、君は何も悪くない。悪いことをしたのは相手の子だね。をはっきりさせるのは抜けてはいけない気がします。さらにその先に、だけどね…とか、実はね…という話が来るかも知れません。初めから、やられて我慢しろ、はおかしい。

 

最近子供の習い事で見た光景で、こんなことがありました。あの子は障害があるのだろうな、という子がいます。その子は自分に対しての言葉か、そうでないのかが難しい様子が。言葉の暴力があったり、時に慣れた相手だと物理的な暴力が出ることもあります。

 

隣に、なぜか大人しく賢い感じの年下の子が座らされていました。隣で計算の過程をぶつぶつと独り言し、「できた、俺天才!」と声を荒げたり(大人からすると可愛いくもあります)。また、隣の大人しい子の答案をのぞき込んだり、時に勝手に傷ついて(他の子が他の子へ言った言葉を自分へのものだと誤解して)、隣の子に「お前がバカだろ!お前死ねよ!」と暴言を吐いたり。自分が集中力が途切れると、隣の子に大きな声で話しかけ(声の大きさの制御はあまりできないようでした)、プリントを奪ったりして、そのつもりではないのかも知れないけれど、隣の子は何とか頑張って集中するたびに、それを削がれます。

 

本人はすごく奮闘して、怒鳴ったり、ちょっかい出したり、集中したりを繰り返し、それでも真面目に課題をやって(本人はちゃんと課題を終えようという頑張りがあって、そのための七転八倒なのでしょう。雑音の多い環境で、人以上にがんばって、えらいのです…)、いち早く自分の分の課題を終えられました。先生達はその子の自尊心を伸ばすべく

「すごいじゃない。5枚できるようになったじゃない。」

と肯定的な声かけをしていました。本人も表情が非常によく、自信をつけ始めているようでした。が、その横で年下の大人しい子が突っ伏して、泣いていることには、先生方注意が向きません。

 

これが例えば学校の教室で重なって、「何だか疲れた」と、当人自体の問題ではなく、強いていえばスルースキルがうぶなだけで、病む子もいるんじゃないか‥と見ていました。(その後周囲の年上の子がフォローしてくれていました)

 

インクルージョンにするということは、大人だけが障害のある子の対応をするだけでなく、同世代の子も対応する立場になるという事です。

 

例えば髪を引っ張られた、という場合、問題を起こした子への理解や配慮、指導はもちろんこと、引っ張られた子に「あの子は特別だから、君は泣いたり怒ったりしません」と言う、奇妙な大人都合のプレッシャーをかけないことも、学ばないといけない気がしています。

 

それでは子供同士遊ばせちゃいけないのかというと…。我が子のお友達は、親御さんに叱られそうになると、わらわらとその子を擁護するお友達が出てきます。子供はおそらく、大人よりも、同年齢のクラスメートのほうが、障害の有無などおいておいて、身近でシンクロする存在なのかも知れません。その子への大人の対応が、実は暗に自分への対応でもあるようです。

 

昔教育実習に行ったとき、要注意といわれる子が一人クラスにいました。ただ、にわか者の自分はあまり情報がなく、それが返って功を奏して、クラスでその子が発言をするたび、積極的に拾っていくうち、クラスの子の表情が、本当にみるみるぱーっと明るくなったのを覚えています。

 

大人の視点では、この子を黙らせないと他の子の授業妨害になる、どうにかしなくちゃ、と見えていたのが、実はクラスの子たちは、大人に毎回怒鳴られるその子を、自分たちとさほど差はないと感じていて、自分たちもつらく感じていたのかも知れないと。いわばそのクラスメートは、他の子たちの体の一部かのようでした。その子が受け入れられるということは、自分たちをも伸び伸び受け入れられる、ということなのかも知れません…。

 

我が子の腕に歯型があります。だけど、「もう痛くないよ。全然もう痛くないよ」としきりに言います。まるで、私がお友達に腹を立てるのを、腹を立ててくれるなと言うように。

 

追記: 子供にもよるのでしょうが、他害を受けて、子供の何が傷つくのかというと、自分が攻撃された、ひいては自分が非難され、嫌われたという気持ちではないかと感じるようになりました。

 

我が子への噛みつきが生じてしまったとき、とっさに痛かったね、びっくりしたねとまず十分気持ちを受け止めつつ(先方のお母さんにしたら、ここにたっぷりと時間を割くのは胃が痛いだろうかも知れませんが、ここばかりは被害を受けた子最優先でよいと…)、噛んだ子の様子から、「嫌いで噛んだんじゃないんだよ。どうしよう、どうにかしなきゃ、って思って、思わずガブリってしちゃったんだよ。」と説明しました。すると、我が子の受け止め方が違ったように今では思います。

 

小さいとき、集団保育の場で、なぜか我が子はよく噛まれる子でした。その場にいなかったため、フォローもできない。先生達は忙しく、「痛かったね」と形は受け止めるものの、心の「早く泣き止め」は透けていたんじゃないか‥と思ったりします。さらに保護者への連絡はなし。我が子から直接聞き、歯型から理解。

 

この時我が子はずいぶん「痛かった」を引きずりました。夜な夜なフォローをした記憶があります。

 

噛まれた事実より、その背景が自分への本当の攻撃ではないという理解ができると、案外、他害のダメージは軽減されるものなのかも…と今思い始めています。

 

また、本当に攻撃の意味で噛まれたとしても、その時何か嫌なことがあって激高していた、という状況であれば、これも、「イヤなことをまだ説明ができなくて、思わず噛んじゃったんだと思う。」と、噛んだ子の背景を説明することは、噛んだ子へのフォローだけでなく、噛まれた子にとって、自分を否定される行為(噛む)を、心にあまりダメージを残さずに出来ることと、繋がるかも知れません。

 

追記2:我が子が次第に嫌なことをされたら、じっと困惑顔で我慢せず、ダッシュで走って逃げたり、時に大声で激高するようになりました。我慢するのではなく、二人とも感情をぶつけ、折り合ったり歩み寄ったりすることを学んでいます。

 

お互い一触即発を、不思議なもので、奇妙にケガなくスルーでき、またけろっと仲良しに。そしてまたどちらかが激高し、「やんのかてめえ、この野郎!」みたいな威嚇をしあい、なぜかまた仲良しに。我が子も就学前にきちんと最大限に激高することを学習し、とても良かったように思います。すいません、ありがとうございます。

 

 

三兄弟の起業話

ちょっと釣りタイトルですね…。何も立派に起業をするような話ではなく、

「就職したくないでござる」

みたいな話です。

 

昨日法事でした。旦那の父方の本家の法事でした。旦那は生後間もなく義母の容体が急変し、入院・手術になったおかげで、こちらの家に赤ん坊のころ預けられており、いわば第二の実家。おばさんにオシメを替えられ、お姉さんたちに可愛がられ、台所のテーブルの下でお漏らししたのを、今も聞かされます。

 

旦那の父方は職人一族です。もともとは福島あたりの出身らしいですが、その後満州、戦後引き上げ(その間に兄弟が数名亡くなる)、日本に戻ってきたものの、恐らく身寄りもなく、無一文。さて、どうやって生きて行こう…。

 

亡くなった本家のおじいさん(旦那の父方の長男)が印刷の仕事に若くして入り、その後自ら印刷の会社を立ち上げ、その小さな会社の社長さんに。兄弟もやがて独立して、やはり印刷の会社を立ち上げ、その小さな会社の社長さんになったり、企業に属しながらほぼ独立独歩みたいな仕事をしたり。

 

旦那の一族を見回すと、企業にがっつり属して働いている人は少なく、自営業の空気が強いです。

 

そして助け合い精神がすごく、一番羽振りの良い親戚が、他の親戚にふるまうことを自然としているようです。

「何でも好きなもの食べて、おいさんのおごりだから。」

そう言って、皆に食事のあとデザートのメニューをもって回り、パフェやアイスをむさぼるように食べるのを、目を細めてみる義父。きっと小さい頃は一家も貧しくて、がんばって財をなして、今、あの頃滅多に食べられなかったアイスクリームなんかをみんなに食べさせられる。一番これが嬉しいお金の使い方なんだろうなあと。

 

さて、その一族にも子供ができ、孫ができ。法事のおじいさんの世代は男子がすごく多く、その次の子供世代は女性が多く。現在孫の世代は、再び男子が多いです。その、もっさりした犬が相変わらず仲良く相撲とかとっている(素朴)ような様子は、おじさんたちの頃も、こんな感じにむさ苦しく、仲が良かったのかねえと思わずにはおれない。今時の若者にしては、みんな心根が素朴で、おっとりのんびりしています。

 

孫の一番上の孫が今度就職だそうです。この前大学に入ったと聞いたばかりだったので、月日の経つのは早いです。その、背丈180近くありそうな、頑張ればイケメンの青年は、会うたびコミケの話とかしているんですが、就職したくないでござる症候群。

 

「何で就職活動しなきゃいけないんだろー。就活したくないよー。」

と法事の後の食事会で言う。まあねえ…でも、そこでぐずってニートすると、後が辛いぞ(経験談)とか思ってみていると、

 

「別に就職しなくていいよ。社長になれば。」

「別に就職しなくていいよ。自分で仕事取って来られれば。」

「俺の生きている間に誰か何か発明して、社長になってくれないかなあ。」

「モノづくり大学ってあるってね。モノ作って誰か社長にならないかなあ。」

「バイト掛け持ちしたらいいじゃん。3つくらい」←中学生からの意見

 

「世の中そんなもんだ、いいから黙って就活しろ」と言う人は1人もおらず、すごい自営業推し。さすが職人自営業の一族。みんな亡くなったおじいさんの兄弟、子供。平静を装っていても、お祈りの時間は長く、何を祈っているのかなあと見ていましたが。何となく、その生き方を踏襲するような生き方をまた見たいのかも知れません。

 

そうまで周囲が起業、自営業推しだと、本当に誰かやらないかなと思えて見てしまいました。

 

帰宅後、娘は紙をハサミで切って、セロテープで色々と留めて、好きなキャラクターの必殺技の道具を作っていました。昔から、変にイノベーションする子です。段ボールを渡しておくと、自動販売機を作るといってあれこれやり、毎日裏紙を何枚も取って行っては、自分で何かしら作っています。

 

ここにも職人自営業の血が流れていそうだな…と感じた夕べでした。

 

さてその大学生の親戚は、起業押しの親戚に押され、どうなったかといいますと。

「俺、やりたい事があるんだよね。スマホのアプリ作ろうかな。俺がアニメ作って。絵下手だし、イラストレーターとかないけど。手描きでスキャンして。」

「youtuberやろうかな。顔出しして。」

それを受けて、親戚のおばあさん達の言ったこと。

「あの子はやりたい事があるのよ。」

「大したもんだ。」

 

どこまでも起業推し(笑)。いやあでも、思いがけない起業の才能があ…あるかなあ…。(あるといいけどね)