やわらかい ぱん

マジカルバナナ、バナナといったら黄色。教室の彼らももう成人。

ムダ毛のブームはまだかな

先日、ソイエという脱毛器を買いました。…そう、ムダ毛の話でございます。

 

ムダ毛。特にこの夏の季節、どうにかしないとどうにもならない、ムダ毛。もともとカミソリを使っていましたが、粘着質の小さい子がいると使いにくく、カミソリ負けをする脆弱さも手伝って、違う脱毛法を模索していました。

 

そこで、脱毛器です。光でバチっとする脱毛器と、物理的に引っこ抜くタイプと2つありましたが、予算的なことと、カティングエッジなテクノロジーを怖がる保守的な性格と、やっぱりのべつまくなしまとわりつくチビがいることを考えると、物理的脱毛器のほうがまだ安全かなあ…と思いまして。光のタイプは、あれ直接見たら大変なことになりそうですし…。

 

というわけで脱毛器で毛を抜いているんですが、快適です。あんまり痛くもないんですよ。よくできているなあ…。風呂でも使えるそうですが、ドライな環境でも髭剃りのように使えるので、小さい子をお持ちのお母さんにはお勧め…。

 

子どもを風呂に入れて、自分の風呂はできるだけ最短で、という生活状態のとき、風呂にこもって時間をかけてショリショリなんかできないじゃないですか。髭剃り感覚で、出かける前にジョーっと脱毛できるので、これもっと早く手を出しておけばよかった…と思っています。

 

最近、水分が足りないのか、お腹の調子が崩れ気味です。まあもうそういうスペックだと半分諦めているのですが。

 

障害というものが、その人単体で考えるのではなく、環境的に、社会的に、生活上、望むこととそれを得にくい状況と関係しているものだと考えると、私のお腹の脆弱さは、もう十分障害枠だと最近考えるようになりました。

 

お腹の調子が悪い、外に出たくない。お腹が張る、人と一緒にいたくない。お腹がふくれる、着たい服が着られない。食べたいものが食べられない。私の腸は、腸カメラで見ると超きれい(ダジャレです)ですが、何故かサボタージュ多めです。心因性なのか、他の内臓がぐいぐい押しているのか、よくわかりませんが。良い悪いの周期もあります。

 

まあともかく、外から全く分からないであろう、私のお腹事情。自分でもよくわかっていなくて、何となく今日は気分が重いし、お腹も重いし、外で元気に活動したくない。人と一緒に寝泊まりしたくないとか、もう色々これまで生活の足を引っ張ってくれた、これって生活上の障害になっていると考えてもいいのかもなと。

 

外から見えないし、自分も「障害だ」という意識はなく、何とか見た目と足並みをそろえたい一心で、これまで大量の下剤を購入したり、まあもう本当に水面下で涙ぐましい努力をしてきていたのですが、ああこれ一種の障害だと自分で把握すると、少し腰を据えてお付き合いができる気もします。後20年後くらいには、過敏性腸炎なのか何なのか、私のような人も、何らかの障害認定が受けられる…日が来るかなあ(どうかなそれは…)。

 

話はもどって、ムダ毛。夏に、腕から足からわきの下から剛毛を出しながら女性が歩いていたら、それはやっぱり世間の目がありそうです。…まだ。性別によってはまったくこの処理をせずに済み、同性でも人によっては軽度の処理で済む。しかし人によっては相当毛の処理は大変で、負担です。時間的にも、精神的にも、皮膚的にも。

 

精神的…いや、毎回毛の処理をするとき、そこにある自分の一部(毛)を否定するわけで、あまり精神衛生上良い習慣ではないと思うんですよね…。

 

これもまた、一種生活をする上での障害と言えるのかもしれない、と考えたりします。本来あるものを、ないものと隠し、偽り、処理する。それでようやく人と並ぶ。あって健康上問題になるものではないですが、あればあるだけ生活する上で(文化的な…生活…だっけ)、人によっては精神面での負担も増す。

 

何が言いたいのかというと、私はもう云十年、毛ブームの到来を待っているのですが、なかなか来ないですねえ…。

エイゴビートの栗原類氏にはまる

Eテレで放送中の小学3~4年生対象英語番組、エイゴビート。メインキャストが栗原類氏なんですが、ア、アタシ、栗原類氏、好きかも知れない。動いてしゃべっている栗原氏、えらい面白いです。

 

一時期ネガティブキャラで売り出されていましたが、その頃はあまり。たぶんあんまり動かなかったからなんだと思う(笑)。栗原氏のオーバーな動き(役柄的にはっちゃけています)、すげえツボです。今一番好きな番組かも知れない。

 

www.nhk.or.jp

 

エンディングの栗原氏のダンスが秀逸なんですよ。絶対わしづかみにされると思います。是非…。

 

なんか、バットマンの怪人にいそうなんですよ(ひどい…のか…?いや、狙っている…か?)。

 

 

めちゃきつい「通常」の坂

公立の小学校、中学校の普通級でついていけなくなってくると、特別支援教室とか、通級学級とかで補講的な授業を受けるんだろうと思います。

 

通級学級で勉強をしても、どうにも普通級でしんどい場合、進学希望先を選びなおしたり、特別支援学級(固定級)への転入を考えるのではないかと思います。

 

通級学級は、普通級についていくための勉強なので、学習指導要領は一応通常のものに従う形だろうと思います。実際は色々な実態の子がいるようで、下学年の勉強や、基礎的な学習を繰り返しやっている子もいるようです。

 

特別支援学級になると、原則は通常級の学習指導要領に沿うとされていますが、あくまで原則で、特に知的障害学級の場合、通常級の指導要領と同じものはなかなか使えないです…。こうした場合は、知的障害の特別支援学校のものを拝借したりするそうです。知人の話だと、情緒の特別支援学級は、通常の教科書を使って授業をしているそうです。

5.特別支援教育に関する学習指導要領等:文部科学省

 

少し話はそれますが、特別支援学校にあっても「準ずる課程」と呼ばれる教育課程の子供たちは、通常の学習指導要領を使っています。教科書も、その子供の学年が通常級で使っている教科書です。子供の実態に合わせてですが、下学年の教科書で勉強している子もいます。

 

スタンダードな学習指導要領は、それに準拠した教科書もあり、それを一学年で終えるため、自然と順守されていると思うのですが、そこからあぶれた場合、準拠するスタンダードがほぼないというか、青天井というか…。何かこう、いくつかの学習指導要領ダッシュとか、学習指導要領ダブルダッシュとか、バリエーションというか幅が欲しいなあ…と思ったりします。

 

勉強面も普通級は相当きついが、勉強面以外で全然障害を感じさせない子って、います。勉強がどうもできないといっても、はっきりとした知的障害がある学力でもない。そんな子って、います。通常級の学習指導要領と、知的障害特別支援学校の学習指導要領の間が、広い…。何かその間に、ベーシックスタンダードみたいな学習指導要領が欲しい…。

 

上記のような子は、身近に何人かいますが、おそらく就学前には全く分からず、保育園や幼稚園では、もしかしたらよく出来たお子さんで、どちらにしても勉強を教える縛りのない先生たちにしたら、可愛かったろうなあ~~と思うんですよね。

 

教科が始まったとたん、少しずつ、少しずつ難しさを蓄積しちゃったんじゃないかと。しかし話しても、普通の子。生活面では、私より頼りになるかも知れません。電車の乗り換えとか、バスとか…。

 

これはもう、普通の子なんじゃないかと思うのですが、昨今の学習指導要領は厳しいのかなあ。それとも公立学校自体が厳しくなっているのかなあ、もう本当に可哀そうになる立場にいたりします。このまま公教育が中の下ではなく、上の下、上の中に合わせていったら、多分、こういう子のすそ野は広がると思う…。

 

まあともかく、学校について行けない子の支援は、明日は我が身の支援でもあるわけです。だって何だか右肩上がりに、学校の勉強や試験について行くのが大変になっているような…。

 

職場で定期試験の問題用紙を見せてもらったのですが、これ、資格試験じゃないの?あるいは都立高の入試の過去問?と椅子から転げ落ちそうになりました。いやあ、昨今、公立中の定期試験ってそんなに難しいの?

 

私は私立でしたが、定期試験、そりゃもちろんとても辛いものでしたが、それにしても試験2週間前から頑張れば、よほどの事故がない限り(そして事故はあった 笑)、まあまあ…何とかなりませんでしたか‥?自分を含め、年配の方々。

 

頑張ったのに、できなかったという子を見ていると、何だか学校で一体何が起こっているだ…と心配になってきます。聞けば、本当にそれなりに勉強しているんですよね。試験範囲の内容がすらすら口をついて出て来る。できなかった、のレベルが違うのかな…。いやあ…。

 

昨日、たまたま高校を中退したyoutuberの動画を見ていて、学校を中退するのは、甘えだと書いている人がいたんですよね。これ、子連れでドラえもんの映画を観に行った際、小学生同士が同様のことを言っているのを耳にして、びっくりしたんですが、今の子供たちは、そんな意識を持って学校に行っているんでしょうか‥。

 

何だかお互いにチキンレースをしながら、お互いを見張っているみたいな印象を受けて、ドラえもん見に来ているような子供達に何が起こっているのと、びっくりしたので覚えています。

 

ところで英語の歌を歌うのが好きな子がいて、英語の歌か、何か気晴らしに歌うかなあと思っているんですが。今日、脳内に浮かんだ歌は、ノーベル文学賞をとったあのおじさんの曲でした。

 

How many roads must a man walk down
Before you call him a man

 

(Bob Dylan "Browin' in The Wind")

 

一人前と呼ばれるまでに越えなければならない坂が、あまりにきつすぎやしないかねえ…。その坂は、本当にみんなが一律に登らなきゃいけない坂かなあ…。その坂が唯一の物差しなのかなあ。(長い道っつうかなんかもう途方もない、登っても登っての坂を彷彿としますが…)

 

幼稚園から満面の笑みで帰って来る我が子と、「保育園のころは、楽しかったな…」という子と、何ともやるせないです。

 

だから鬼才にはパトロンが要ったのかな…。

対人関係で難ありの子の指導として、相手の話を遮ってはいけない、とか、ありますよね…。が、場合によっては、この子は今必死に粘土のように自分の中にあるものを彫塑していて、その過程で手探りの言葉を出していて、別に周囲に対してマウント取りたいとかではなく、邪魔すんな!!っていう意味で、人の言葉を遮ったり、怒ったりしているんでは、とも…。

 

branchkids.jp

 

ユニークな子の興味にあわせ、個別に「メンター」を派遣してくれるサービスらしいです。一度試してみたいな~と思いつつ、我が家の子供は言うほど個性的でないので、ううむ…周囲に被験者はいないかと、まったく個人的興味でアンテナを張っています。我が子の趣味は、広く浅いからなあ…。プリキュアの話は、酒を飲めば私も付き合えるし…(素面では、がんばって5分)。

 

たまたま「メンター」(要するに契約スタッフ的な立ち位置で、特別なスキルがあり、協力してくれる人を外部に増やしているみたいです)の一人にまだ幼い面もちの子がおり、詳細を開いて読んでいました。…なんとなく、仕事先の子供にも通じる気が。

 

周囲の子と比べ、深く知的な興味。周囲の子がジャニーズやyoutuberに夢中な今、宇宙や多次元や素粒子や、な、なんだか分からないけれど、そうした世界に深く魅せられ、自分なりの理論を手探りで立てている…。

 

モーツァルトは音楽の天才(わからん、多分)。だけどそれ以外生活に関わることはからきしダメで、父親亡き後どんどん身持ち崩す。…みたいなことになるのは、総じて本人自身も自分は不幸だあと感じるかも知れないので、出来る限りの身辺自立の手助けをしたいですが…。ただ、結構厳しめの支援者の中にあって、

「大人のみんな、本当に全部矯正しちゃって、いいんだろうか‥?」

と思うこともあったりします。

 

時に、人間の能力の総量はそれほど差がなくて、真ん中からどうずれているか、の違いなんじゃないかな…と思うことがあります…。世間一般の真ん中の座標が、その人の能力範囲の大体真ん中に入っていれば、悪目立ちもせず、自分をマイノリティとも感じず、似たような興味の友人も多く、日々性格面だけ見れば、孤独を感じずにやっていくかも知れない(経済面が含まれると、話は単純じゃなくなるでしょうが)。

 

世間の真ん中の座標が、その人の能力範囲のうんと端にある場合、その人はその分、多くの人がリーチできない場所にリーチしていて、特殊な才能を持っているけれど、その分野を分かち合える人は稀ではないかと。

 

さらにその人の能力範囲が、世間一般の真ん中座標を含まなかった場合、周囲から理解される事がとんとないかも知れない、とか…。そういう想像を時々します。

 

私たちが生活する上で、ほんの一握りの天才(異才)たちの発明や発見、研究、開発した商品に恩恵を受け続けようとするのなら、その分の変わり者たちの身辺や生活の支援くらいは、してしかるべきなんじゃなかろうか‥とも。凡人(私)に忘れ物を指摘されている異才(仕事場の子供)を見ると、本音では思ったりします。

 

自分がその子の年齢のころ、何に興味を持っていたかって、ジャンプ漫画とBLですよ。

 

同年齢で、どうして深く知的な分野に造詣が深いんだ。どうして自由時間に素粒子の本なんて読もうと思えるんだ。本当に神様からのギフトだよなあ…。まるで、そうしなさいと、特別に選ばれて、組み込まれているみたいだ。

 

何だか、小さなもじゃもじゃ博士のようなその子が、きちんとした身なりになり、きちんと忘れ物なく生活するようになり、きちんと周囲の人と協調するようになり、孤独から解放されたら、その子はもう、宇宙について深く考えないのでは…なんて危惧もします。

 

その世界がそうした子どもを強く呼ぶのかも知れないし、私は、どうも周囲とずれているという孤独感や寂しさもまた、メタ的に深く学問に呼びこまれる1つの要因なのかも知れないなあ、とも想像しています。分からないですけどね…。

緑色ってきれいだよね

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

これ分かるなー。

 

私が障害児の世界に入ったきっかけは、教育実習でした。美大を出まして、…実はその頃、家庭も荒れ気味でして、私は摂食障害を抱えておりまして、何とか卒業したのに、就職がない時期でした。ロスジェネ世代です。

 

頭を下げてコネを使い、派遣社員。働きながら中途採用で社員。でもまあブラックで、営業方針も大転換、ここにいても将来が見えない。そんな30歳。一念発起して大学に学士入学し、教職の免許を取りました。その介護等体験の際、知的特別支援学校で、出会ってしまったんですよ。

 

発語はないけれど、こちらの言うことは分かっている様子の大柄な自閉の子でした。なぜか彼と私は気が合い…なぜかセットにされることが多く、そしてなぜかそれほど難しい子でもなく、先生に言われるがままに一緒にいました。

 

プラ板工作をする時間になり、下絵を渡され、その枠線を描いてあげるように、と言われました。その子はグー握りで感覚遊び的にペンは走らせるものの、形を描く様子ではありませんでした。だから枠線を描いてあげて下さい、なのかな、と。

 

いくつか下絵を提示すると、彼はスイカの絵を指さしました。だから、スイカの下絵を描きました。それを渡すと、少し塗るのですが、私に返します。で、私の手を取って、絵の上に置き、塗れと言っている様子でした。私が塗っていいんだろうか?…まあ、塗るか。

 

緑のマッキーか何かで塗っていると、その子が机に頬をつけ、マジックの先が動くのをもう、今生で一番美しいものを見るかのように、うっとりと見ているのです。そのとき、思いました。

 

私は小さい時から絵が好きでした。がんばって受験して(受験倍率27倍)、美大に行き、だけど何がいい絵なのか、それは教授がいいと言うだけで、結局教授の絵で。君の絵は○○教授にそっくりだ、と他校の教授に指摘され、私は何を描きたかったのか分からなくなり。何か、そこで突き詰めたところで、今度は仕事もなく、食える口がすぐにあるわけでもなく。辛うじてそこそこ好きだった英語に切り替え、そうしたら仕事があり。

 

私は何で美大なんか行ったんだろう。何で絵なんかに人生かけようとしたんだろう。それでも絵が大好きで。大学を出る頃から、恐ろしい枚数を書いたけれど、誰かが見てくれるわけでもない。否定されるくらいなら、見せたくもない。私の言葉なんだ。私自身なんだ。私の精神なんだ。マウント取られて、ニヤニヤ好き勝手言われたくもない。

 

やがて絵と自分が接近しすぎ、描けば不安がそこに描かれていて、自家中毒のようになり、他の作家の絵からも感情が入ってくるようになり、非常にしんどく、夕方になると不安で息苦しくなり、自分にライトを当てて過ごすようにもなった。歩いていても、自分の頭蓋骨の中を歩いている感じがする。新しい情報が欲しい。自分の世界を壊したい。しばらく筆を断とうと決めた。

 

仕事に入ったら、忙しすぎて、絵を描きたいと思っても、まとまった時間もない。画材が買えるほど潤沢なお金も稼げていない。仕事も不安定で、仕事を続けることに必死だった。まず仕事で安定して、そのまず仕事が全然安定しない。

 

数年間、まともに描けないままで迎えた教育実習。絵を断って、創作を断って、自分の世界観を断って生きて見れば、自分は(自分で言うのもアホですが)存外優秀で、何にも人並みのことはきっとできないと思っていたのに、結構仕事もそれなりにやって。

 

だけどずっとカサカサで。何も面白くなくて。

 

緑のマッキーでスイカの絵を塗っていたとき、その子のあまりに澄んだ、キラキラした瞳を見て、

「ああ、緑色って、きれいだよね。」

とその子に言い、…泣けてきたのでした。

 

緑色ってきれいだよね。それだけで良かったんじゃないか。

 

私はその子に救ってもらったのです。

 

…だから、私は今もここにいるんでしょう。