今年まだちゃんとした焼き芋食べていないな

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秋は仕事のモチベーションが皆無になります。そして、小さなことを、ひたすら静かに、丁寧にやりたくなります。芋を焼く、とか。

 

景色からくる音が、ざーーーっと大きく自分を覆う季節という感じがします。これまで自分と景色がポジとネガなら、それが逆転する季節。景色のいうことをひたすら聞くべき季節なんでしょう。何を言っているんだ。

 

元保護犬の我が家の薄毛のトイプーは、もう寒さを感じるらしく、四六時中布団にくるまって寝ています。

 

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これに見送られる。仕事に行きたくない。でもまあ、仕事で嫌なことがあっても、これがいるので家に帰るか、首になるまで金もらうか、と気分が切り替わります。

 

今年まだちゃんとした焼き芋食べていないな。家で作ると、石焼芋とか、スーパーの焼き芋みたいに、しっとりほくほくにならないんですよねえ。

 

芋を魚焼きグリルで焼いたり、電子レンジでふかしたり、軽くゆでてから焼いたり、正解を見ずに遊んでいます。

ギリギリ何とか…(台風19号)

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トゲタ君たち、トランプで台風を過ごしたみたいです。お外出たい。退屈で息がつまりそう。彼らのいるところも、台風おさまってきたかな?

 

家の地方はようやく台風一過です。一晩前を忘れさせるがごとく、あまりに美しく幻想的な秋晴れです。今、これから台風が接近する地区にお住まいの方、どうか無事に何事もなく過ごせますように…。

 

当日は犬がいること、避難所の高さが家よりも低いことなどから、水が来たとき家の方がいいだろうということで、家に軟禁状態でした。ツイッターが本当に役立ちました。多くの方が「身バレ覚悟ですが」と書いてツイートされていたのが、有難いなあと。

 

窓締め切り、家ごもりで一日で、蒸し暑く、空気も悪く。時間はあるのに不安で気づまりだし、気圧の関係かひどくだるい。台風去ったら日常がどっと押し寄せるよな、あれもこれもやらなきゃなんだけど…と思いながら手がつかず、子供らとトランプやウノをやって過ごしました。

 

念のためと買っておいたカップ麺と、ウノ。絵に描いた台風の過ごし方になってしまいましたが、これしかなかったなあと。料理する気にならず、しっかり食べるような気にならず、何かすっきり気分を変えたくて、カップ麺がしっくりきました。子供も食べちゃった。

 

また、不安なせいか何となく家族集まりたくなり、暇なのでテレビをつけるのですが、聞こえてくるのはどんどん上がる避難勧告レベル。しかし我が家は逃げ場がないので、やり過ごすしかない。気晴らしはもっぱらアナログなトランプとウノでした。これ、本当に役立ったし、楽しかったので、また台風が来たらやろう。これから台風の方、ぜひ…。

 

いざ見舞われて分かる、非常時の穴。うちは避難所に行くのに低い水辺を通らなきゃいけないので、結局避難できないという点と、ペットのこと。また車がないので、電車が止まったら地域から出られないなということ。

 

当日1日は買い出しができないということで、前日に食料品の買い出しをしたのですが、スーパーがすごく混んでいて驚きました。

 

停電した際の食料の扱い、停電がなかった時の食事、ガス、水道まで影響があった場合と頭を悩ませ、とんと見通しが立たず困りましたが、今回の経験から、次回のためにメモ(そんなもの自分の手帳に書けですが)

 

果物多め、カップ麺、卵、納豆、あとなぜか人気だったのが餃子。

 

当日野菜料理をしっかり仕込む気合がとんとなくなり、たまたま煮物が大量にあったので、それで済ませました。次回も台風が来るとなったら、事前に野菜を仕込もうかな。やわい煮物くらいが良かった。おでんを仕込んでおく、というのも手かも知れない。

 

台風去って、変に穏やかなのが逆に怖いです。これから各地の被害が明るみに出て、うわってなるんでしょう…。友人の家が川の近くで、ギリギリまで連絡していたのですが、無事だったか心配。でもまだ気疲れで寝ていそうなので、せっつかないでおこう。

柿が色づく季節、犬の話。

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10月になってしまいました。大変ご無沙汰しております。

 

9月に元繁殖犬の保護犬をもらいうけて、早1か月。犬は相変わらずトイレを覚えてくれず、室内で野糞状態ですが、人間の方が慣れつつあります。一応彼女なりに考えてくれていて、リビングでは野糞を避けてくれてはいるようです。廊下で、あえてトイレシーツを外して、床の上でしてくれます。トイレシーツはお気に入りの場所になり、おやつをもらっては、そこでゴロゴロしながら食べています。はい、育て方が間違ってます。どうしたらいいんだろ。

 

犬種なのか成育歴なんか、とにかく甘えっこで、常に抱っこを求められます。黒タピオカのようなうるんだ目でまっすぐ、何度でも「だっこしてください」とトライされるので、結局折れてだっこし、ずぶずぶ1時間2時間持っていかれる。そんなこんなでお絵かきしたいと思いながら、手が回らずでした。

 

後子供が39度の発熱をしたり。秋になると体調を崩しやすいため、11月過ぎまで戦々恐々です。

 

今年は自分自身全然稼げていないのですが、平和です。あまり週の仕事始めのプレッシャーがなく、仕事の日も、精神状態や体調があまり良くなくても、乗り切れるかなという見通しが持てる。そういう時って、時間が経つのが早く、もう秋かあ、もう10月かあと思っています。毎年、これくらいがいいな…。もうちょっと楽でもいいんだけど…。

 

犬に学ぶこともあります。私は一人の時間が必要な引きこもり体質で、猫の方がずっと親和性が高いと思う。犬は集団であるほうが安心するそうで、人と寄り添って寝ているとき、遊んでいるとき、何にもまして幸せそう。

 

公教育、とくに子供が小さいころの子供像って、犬っぽいな~と見ていて思います。知人にもいますが、人が大勢いるほうがほっとしたり、楽しい気分になる人も世の中にはいるそうで。私は真逆ですが。一斉授業も犬っぽいです。ボスがいて、それに従う。現代は先生もあまり厳しく権威的なのは好まれないようですが…でも結局、一斉授業は犬の群れに似ていると思います。少なくとも猫じゃあない。

 

犬はどうしてボスに従って幸せなんだろう。不思議に思いながら、犬をもふっています。でも犬社会で立場が下になっても、決して群れから外されるわけじゃないみたい。というのも、娘が先日39度の熱と下痢に見舞われた際、犬が、匂うだろう娘がうんうんいうトイレの個室に入り、娘に背を向け、仁王立ちで立ち、入り口を明らかに引き受け、見張っていたんです。外敵から仲間を守るように。

 

娘は犬の中では立場が低いらしく、まあ、躾つつ、娘の年齢が上がれば自然と序列が変わると踏んでいるんですが、いつも犬は娘の言うことをあまり聞かない。でも、仲間であることには変わらないらしく、守ろうとするんだなと。

 

そう考えると、立場が弱くなると切り捨てられる人間社会は、公教育は犬社会っぽくても、実際は犬社会じゃないのかな。

 

ボスになること、序列が上がることは、下を従わせるだけでなく、下を守るものなのかもしれない。それでこそ群れが成り立つのかもしれない。そんなことを、トイレの様子を見に来て犬にめちゃめちゃ吠えられる、可愛そうな旦那を見ながら思いました。

 

最後に可愛い写真と怖い写真を貼っておきます。

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 (ぐっすり寝ています)

犬を飼いました。

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ご無沙汰しております。

 

実は保護犬を我が家に迎え入れまして、犬に構いっきり生活をしておりました。犬、可愛い。

 

上のトゲタもそうなんですが、犬っぽい鼻がちょっと長いキャラクターが好きなんです。最初に好きになり、以降もずっと大好きなスヌーピーの鼻。あれがもう、本当に、赤ん坊でいうおっぱいみたいな、うをおう大好き、みたいな。

 

犬の鼻フェチはもう本当、ずっと患っている病気で。我が家に来た犬はもう初老の年齢で、毛もまばら、歯も悪い、そのせいで口臭がひどく、近く手術する事になっています。お腹も弱く、食べすぎるとすぐ胃腸を病む。そのくせ食いしんぼう。

 

一昨日も食いすぎでしんどい思いをさせてしまい、今は回復してきたものの、まだ今日のお通じがないので、予断を許さず。しかし可愛い。鼻が。そして雄弁な目が。口が。思わず歯石だらけの口にチュウしたくなりますが、ギリギリで自制。ギリギリ。

 

お金が想像の10倍飛んでいき、家計と胃が本気で痛いですが、代えられないです。

 

いつか保護犬の老犬、しかも小型犬を飼いたいなと思うきっかけが、この出会いでした。

toridashi-foh.hatenablog.com

 

我が家の犬は、こちらのワンちゃんより随分攻めた性格ですが。人をダメにするクッションがお気に入りで、そこで毎日溶けて昼寝をしています。

油絵道具、また使えるかな

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先日、飲み会で少し年上の画家の方と話す機会がありました。画廊で絵を売っているとのこと。そのキャリアを人生の真ん中におくように、数年前からスイッチしたようでした。

 

私も美大時代がんばって画廊に出したものですが、画廊代、ダイレクトメール代、運送費など、こりゃ貴族の遊びだなと思ってしまった。

 

続けていれば、少しは人と繋がれたのかもしれませんが、根が貧乏性で、時代も氷河期で、明日をも知れない状況で作るタフさはなく。そんなんで少しでも安定して食うことが人生の命題の数年を送り、とんと画廊に行くことも、ましてや個展をすることもなくなってしまった。

 

絵を描くといっても出口はまちまち。漫画にする人もいるし、イラストにする人もいる。ネットなのか、紙なのか、はたまたグッズなのか。手にもって本の形で開くのか、部屋の壁に飾るのか。

 

その受け手との距離感で、絵は変わる気もします。私は自分と絵が近い人間なのですが、壁に飾る距離感の絵を久しぶりにその画家の方のファイルで見せていただいて、そういう距離感で描けるかなあ、と思いながら、描いてみました(上の絵)。その地方に生きていない人間が、方言をまねしているような違和感が自分にありますが。今後身につくか分かりません。

 

その方は絵を見せてくれては、あれこれ話してくれます。使っている素材のこと、描きながら見えた形のこと。きっと、相手にどれが響くか模索しながら、話すんだろうなと思った。実は営業トークは苦手だけど、模索中とのことでした。話を聞きながら、そうか、そういう絵にまつわる物語を、お客さんは込みで買っていくんだなと。

 

昔自分の作品の写真を、本の装丁使えないかと思って、出版社に持ち込んだことがありました。…あの、ここで載せているよりは、もうちょっと真面目な^^;作品です。立体の。そこで担当の方にあれこれ話をしていただいた。極論を言うと見る側は分からなく、その作品や作家にまつわる物語を信用するんだと思う、と言われました。

 

今考えれば、すぐに声がかからなくても、毎年年賀状に自分の作品を載せたり、定期的に個展をして、そのDMをお送りするなりするもんだったんだろうな…orz。誰か教えておいてよ、そういう作法を。美大で必要な教育って、そういうところ…(今やっているのかな)。

 

極端なことをいえば、まったく同じ絵でも、美大を出たばかりの何不自由ない人が描いた作品と、人生に不器用で、最終的に刑務所に長年いた人が今わの際に描いた作品とでは、おそらく後者に惹かれるのが人だろうというような内容で。当時は「すぐ食えない」とがっかりしたのを覚えていますが、今は分かる気がする。

 

漫画のような直に人を楽しませる娯楽は、その限りじゃないんでしょうね。ただ絵というのは、正直…乱暴に言えば何でもいいわけで、そこに物語があって、「何か非日常の特別なもの」と思って買い求める。それを飾り、自分で非日常の空間をしばし楽しむ。家族や来訪者に見せる。感想を言い合う。そこまでがパッケージなんだろうなと。

 

若いころは自分にも他人にも厳しいもので、「結局は価値を分かっていないんじゃないか」と思え、そこに踏み出すのが、ウソや孤独ばかり気になって、できなかったのですが。それから年をとるにつれ、生活をし、色々な人と会うことで、こんな風にも思うように。「分からないものを買い、それでその人が日常からふと離れる瞬間があるなら、それもまた真なのではないか。」「それに私も言うほど分かっている訳ではない。」

 

画廊で自分の絵を説明する、ってやってみたい気が、白亜紀以来出てきてはいる。でも、油絵でトゲタ達を描けるかなあ…と。今まではまず口に糊するのに必死。少し落ち着いたら、子供がだあだあ言っているので、とても油絵道具なんか広げられない(猛毒)。かれこれいう間に、油絵道具固まっているんじゃないかな…。

 

油絵、床も汚れるし、道具も汚れるし、自分も汚れるんですぐ食事の準備などに取り掛かりにくい。何も家族にいいことない気がして、手を付けなかったですが、ただ確実に仕上がると、もつんですよね。それこそ焼き物の釉薬のように、ちょっとやそっとじゃ変わらないので、人にもしかして渡すかもしれないと思ったら、私は油絵だなあ…と。ああ描きたい。何をって、トゲタ達を。