ブヨ…?

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気圧、気温、天気の上下に乗り遅れ、すっかり体調を崩してしまいました。家で寝かせてもらい、旦那と娘が終日遊んで帰ってくると、娘、蚊よけをしたにもかかわらず、ものすごい大きさの虫刺されが。

 

これ、蚊?水ぶくれになっている部分もあり、調べてみると、もしかしたらブヨ?腫れはひかないものの、痒みはおさまってきた模様。トビヒにならないか心配です。

 

ブヨには市販の蚊よけが効かないらしく、一か所など服の上から強力に刺されているので、恐ろしいです。黒は虫がよってくる色らしく、昨日部分的に黒を着せていたため、夏は黒は厳禁だなあと反省。

 

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(六畳間のにょろり。一人暮らし中。)

一人で家にい続けると、一人暮らしで、外の物音に気圧され、部屋の中にいる自分を認める証人はおらず、だんだん自分は消えるんじゃないかと落ち着かない気分だった頃を思い出します。

【ALS研究のための基金】せりか基金

筋ジストロフィーの当時少年との出会いは、出会った多くの大人の人生を色々な角度で変えたと思う。私がいまだに子供と接する仕事をしているのも、もしかしたらそれかも知れない。

 

時々、物置のような小さな教室で、時に3人だけで勉強した様子をつぶさに思い出す。その時サポートに入ってくれた同僚は(そうなると4人だが)、今はもうとても偉い人だ。彼もまた、彼らと出合って、「できることをしないといけない」と思ったからだと語っていた。

 

不思議なもので、会う子供の数が100を超えると、あの子に似ているなあと言う子が出てくる。性格やら似ているかは分からないが、どこか風貌が似ていて、目の端に入るたび、無意識にその子のことを思い出す。一人の子は、今どうしているのか、ぶっちゃけると、今もこの世にいてくれているのか分からない。

 

彼らとの思い出は尽きないんだが、あまり詳細には書いてはいけないと思う。一人の現在の様子は実はインターネットで見られる。相変わらずイケメンで、酸素吸入の装置は欠かせないようだが、よく見える目元は中に火があって、相変わらずだ。彼は何人の人生に影響を与えただろう。彼が当時作った詩を覚えている。

 

思い出深い生徒、折々思い出す生徒の筆頭が彼らに思う。宇宙で研究が進められるといいんですけど、と親御さんが話していたように思う。本当なら、片方の子など、自分が宇宙に行って研究したそうだった。

 

筋ジストロフィーではないけれど、ALSの研究のための基金宇宙兄弟を絡め、打ち立てて2年目らしい。自分の夢は不透明だけれど、人の夢を応援することはできる。もしあの頃のあの子達と会ったら、彼らの力強い歩みの先を見たいと思うと思う。ALSの研究が筋ジストロフィーにも生かされる事はあるだろう。

 

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終着駅がパラダイスじゃなかった時

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きっとこの先はいい場所だと思って旅をしているときは楽しいです。しかし目的を達成し、終着駅についたとき、そこには思い描いたパラダイスがない時も。そういうとき、『銀河鉄道999』の星野鉄郎はどうしたっけ。機械の体こそ手に入ればと思って出発して、途中途中で機械の体の悲哀を見て、最後機械の体をくれるその星に着いて、どうしたんだっけ。

 

白紙から物を作る時代に育って、気づけば自分が力を発揮するはずの紙面は、物や制度でいっぱい。古かったり新しかったり構造が甘かったり矛盾していたり。旧体質の人、新体質の人、何も考えていない人、事なかれ主義の人、色んな人が矛盾の治りを遅くして、真っ白な紙面に絵を描くより、うんと複雑で訳が分からず、中心が見えない事態を引き起こす。

 

あそこに行けば楽になる、あそこに行けば悩みがなくなるはずだと行きついた先が、パラダイスじゃなかったとき、鉄郎は最後その星を壊したんじゃなかったっけ。

 

白紙に物を作るのが、前の世代の仕事だったとしたら、私たちの世代は、壊したり、くっつけたり、使える部分をとっておいたりする、リノベーションが仕事なのかも。

 

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昨日(だったっけ)から考え事をしながらトントンと金づちで打っている、アルミ玉。

 

(どうでもよいかもしれない追記)

先日、子供が幼稚園の年中でもらってきたメスのザリガニの命が尽きました。最初は奇怪な生き物におっかなびっくりでしたが、2年近く一緒にいると、ぽっかり心のよりどころがなくなったような気分です。ザリガニのジュリ(ジュリエット)ちゃん、天国のきれいな水で、伸び伸び過ごしていてね。

アルミ玉にはまる

いや、今はやっているアルミホイルを丸めて叩いて玉にするやつ。あれ、沖縄の祖父(故人)が、使い終わったアルミホイルを集めて丸めて机で潰して、作っていたんですよ、数十年前。大人の拳より一回りくらい小さいのを所有していたのを覚えています。

 

それから私も何度なく作り。美大時代はそれでオブジェを作ったこともあります。金属加工の課題のとき、多くの学生が銅板を叩いている横でアルミ箔を丸め、潰し、形にし、腐食剤に入れて、少し味を出し、立体の作品を提出して、褒められたことが。まだ多分、どこかに作品が残っています。(褒められることが少なかったので ^^;)

 

さて、アルミ箔の玉が流行っていると知り、再びやってみました。最初娘がやりたがり、一緒にトントントントン。結局あるあるですが親の方がはまってしまい、ずっとトントントントン…。私、だめなんですよ。泥団子もそうなんですが、単純作業でピカピカに磨かれるという、それに滅法中毒があるんです。

 

調べてみると、youtubeでアルミ玉はもう次のフェーズを迎えているようす。溶かされてピカピカの玉に磨かれているものもあれば、アルマイト処理を施されているもの(アルマイト処理って初めて知った)もある。

 

しかし私はピカール(研磨剤。美大時代買ったなあ…)すら使わず、ヤスリもアルミ粉があまりに出そうで使わず、ひたすらにトンカチでトントン。…楽しい。

 

ああ、これが仕事だったら良かったのに。ああ、これを仕事にしたいと言って、旦那に苦笑されてしまいました。

 

最近モノづくりをできておらず、仕事の教材も今年度は手作りする機会がなく、すっかり不完全燃焼気味です。私はダメですね、教科を教えるといいながら、完全座学は性に合わないのかもしれません。教材を作ったり、子供とやるゲームを考えたり、作ったりしているほうが、性に合っている気がします。準備時間は時給発生しないので、全く貧乏なんですが。

 

世が世なら、伝統工芸の道とか入りたかったなあ。そう思って調べてみると、アルバイトであれば、結構募集しているところがあるようです。後継者や、製造の手伝いなど。もちろん販売や下請けの内職というのも。

 

手で作ることをもっとしたい。食事は作っているけれども。何か仕事として、外に向けて作ってみたい。作品を作ればいいじゃないと言われるかも知れないけれど、何かを表現したい訳じゃないんだと思う。ただ、トントンと単純作業を繰り返し、磨きたいです。

 

このフラストレーション、アルミ玉が流行っているという事は、結構日本の多くの人が持っているんじゃないかなあ。日本の多くの人と書いたのは、日本人がアルミを丸めて磨いているぞ、大丈夫か的な反応だとお見受けしたので…。

 

www.boredpanda.com

本当に英文法を教えない中学校

私が教員免許をとったのは10年くらい前。当時「暗示的教授法」という教え方で、文法を明示的には教えない、言語活動をうんとさせてから、最後に文法を暗示的に理解させる、という教授法を教わりました。

 

自分はばっちり逆の、旧来の「明示的教授法」で育った人間。まず文法。そして文法の使い方をドリルで徹底的にする。そして教科書の本文の単語やイディオムを覚え、和訳する。みたいな。

 

このせいで日本人は英語が話せないという事になり、学校の教授法の主流が変わったのでしょう。昨今の中学校では、本当に、びっくりするほど、自分の世代からするとギョッとするレベルで、英文法を教えないようです。

 

2年前の記事ですが、ものすごくシンパシーがありました。

riki-english.hatenablog.com

 

オーラルの活動はとても大事です。間違いを恐れないで話すことも大事。リスニングも大事。

 

だけれど、文法は大事です。それを知らずに、運用できるんだろうか???ふわっとした「英語に親しむ」を主眼にしたレベルならまだいいかも知れない(例えば三人称単数や、突っ込んだ文法が出てこないような、例えば特別支援学校の知的代替クラスの英語や、小学校英語の特に初期、そうした言語材料に絞った内容で行っているなら、まだいいかもしれない)。

 

もし何となく伝わる、ではなく、TPOに合わせ、きちんと英語を使える人材を育てようというのなら、文法は絶対要ると思う。英語でビジネスメールを書く際、文法が間違いだらけだったら?英文も、高校入試は長文が出ますが、文法が穴だらけで、どこまで文を正確に理解しているんだろうとも思います。

 

塾に行けている子はいい。でも、塾に行かない子でも、学ぶことができるのが公立校のはず。正直、今の公立校で、塾に行っていない子がどの程度付いていけるのか…。

 

不安なのですが、助動詞というのを塾に行っていないどのくらいの子が理解しているのか。助動詞(法助動詞)の後、主語が何であれ、動詞が原型になると、どれくらいの子が身についているのか。

 

She plays tennis.

She will play tennis.

She can play tennis.

She must play tennis.

She may play tennis.

She would play tennis.

(赤字はご存じの通り助動詞(大学ではこの一群は特に『法助動詞』と呼ばれます)。これらの後の動詞playはご存じのとおり、sがなく、原型です)

 

また、一つの文法事項に対し、平叙文、疑問文、否定文のバリエーション(場合によって主語によって変化するバリエーション)を教えているかも謎。

I've (I have) been abroad.

You've (you have) been abroad.

He's (he has) been abroad.

Have you been abroad?

Has she been abroad?

I haven't been abroad.

You haven't been abroad.

She hasn't been abroad.

 

このhave、動詞のhaveと違うものだって(この完了形のhaveも実は大学では助動詞に含まれます)、塾に行っていない中学生は、どこまで区別しているのかなあ。どれだけ運用ができているのかなあ。

 

要らないのかなあ。だんだん分からなくなってきた。