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やわらかい ぱん

いつか絵本にまとめたいブログ

仕事でなく家庭でなく第三の苦労、からの

あえて苦労といってしまっていますが、子供のお友達(発達障害あり、服薬あり)のことで、悩んだり考えることが増えてしまい、勝手に疲弊しています。自分いい人面しなきゃいいのですが。ただ、我が子はその子ととても仲がよく、いないと寂しがり、~は人のためならずは真理かもなあと。

 

発達障害はグラデーションみたいなもので、みんな何かしら持っている…ように思います。実はどの手立ても、視点も、色々な場面で有効なんだろうと。

 

検索していて出てきた記事です。すごくお勧めです…。(もういっそ、当ブログではなく、こちらの記事をお読みください)

 

www.gakken.co.jp

 

我が子とセットで一緒にわちゃわちゃと遊ぶ場合、兄弟児がいたら、こんな感じなのかな、こういう問題点が生じやすいのかな、というような学びをさせてもらっています。兄弟児。知人に一件、障害のある子ではなく、健常だったはずの兄弟児のほうが病んでしまったケースがあります。また、健康に育ちましたが、障害のある兄弟に親をとられ、寂しかったという知人もいます。

 

地域で、周囲の人とつながりながら、というのを理想にするのに、周囲の人や一番身近な人が我慢を強いられるのは、長続きしそうにありません。片方ばかりがしんどい関係になってはいけないですよね。

 

我が子といるとその子が落ち着いているので、保育者もまるで小さい支援者のように我が子を扱い、無意識か意識的にか2人でいつも放っておいているのが見えるとき。ちょっと注意しないといけないな、と正直思ったりもします。

 

我が子は外で「イヤ」をあまり強く言えなかったりします。さらに大人びて見えるのか、本人が傷ついている状態より軽度に「もう大丈夫だよね」と適当に流されることがあります。あるいは「大丈夫になれ」と強引に収拾をつけられることも。暴れない子、手のかからない子は、余り時間を割かれないというのは、集団指導の悪いところです。

 

他害や強引さ、問題行動のある子供に寄り添うあまり、周囲の子を犠牲にしたり、我慢を強いてはいけないという視点は、案外現場で忘れられがちに思います。

 

例えば上記のリンクの記事にもありますが、暴力的な言葉をかけられたとき、噛みつかれたとき、嫌なことをされたとき。悪気はなかったんだとか、それほど悪い奴じゃないというフォローを、私も我が子に対してしてしまっています。が、どうなんだろう。やられた方は、下手をするとショックと、相手ばかり贔屓され、自分はまともに取り合ってもらえない不公平感や寂しさが残る怖れを持ち始めています。

 

我が子は、お友達と一緒に遊べた楽しさと、母親が自分の一番の味方ではない寂しさの両方があった様子で、それを聞いて大変反省しました。私自身、子供が他害を受けたとき、激しいショックがあり、ショックがありすぎて、かえって「あ、噛むんだ。油断した。」と冷静になってしまいました。子供のことは、あまり直情ではいけないかな、とセーブすることがありますが、少なくとも被害を受けた子に対しては、ショックを正直に出してもいいのかも知れないなあ、とも反省しました。

 

療育のバイトをしていた時、女の子の長い髪の毛を引っ張って、イスから転げさせた子がいました。問題を起こした子の保護者も一緒だったので、保護者に対して、スタッフがこの問題を起こした子のフォローをしました。悪気はなかったのだと思う。目の前に髪の毛があったから、衝動的にだと思う。席が近すぎました、すみません。

 

だけど、引っ張られた子とその保護者に対してのフォローが全然なかった。問題を起こした子を「受け止める」ことに必死で、他害を受けた子への配慮が抜けてしまいました。痛かったのに。びっくりしたのに。何一つ悪いことをしていなかったのに。

「すいません、わざとじゃないと思うんです。」

という軽いフォローはあったものの、それで何になるのかと。

「痛かったね、ごめんね。大事な〇〇ちゃんに痛いことしちゃ、絶対ダメ!って先生、ちゃんと叱っておくから。」

髪を引っ張った子が、理解して「ごめんなさい」ができるフェースの子ではなかったので、「ごめんなさい」を強いはしないものの、嫌なこと、痛いことをされた子に、君は何も悪くない。悪いことをしたのは相手の子だね。をはっきりさせるのは抜けてはいけない気がします。さらにその先に、だけどね…とか、実はね…という話が来るかも知れません。初めから、やられて我慢しろ、はおかしい。

 

最近子供の習い事で見た光景で、こんなことがありました。あの子は障害があるのだろうな、という子がいます。その子は自分に対しての言葉か、そうでないのかが難しい様子が。言葉の暴力があったり、時に慣れた相手だと物理的な暴力が出ることもあります。

 

隣に、なぜか大人しく賢い感じの年下の子が座らされていました。隣で計算の過程をぶつぶつと独り言し、「できた、俺天才!」と声を荒げたり(大人からすると可愛いくもあります)。また、隣の大人しい子の答案をのぞき込んだり、時に勝手に傷ついて(他の子が他の子へ言った言葉を自分へのものだと誤解して)、隣の子に「お前がバカだろ!お前死ねよ!」と暴言を吐いたり。自分が集中力が途切れると、隣の子に大きな声で話しかけ(声の大きさの制御はあまりできないようでした)、プリントを奪ったりして、そのつもりではないのかも知れないけれど、隣の子は何とか頑張って集中するたびに、それを削がれます。

 

本人はすごく奮闘して、怒鳴ったり、ちょっかい出したり、集中したりを繰り返し、それでも真面目に課題をやって(本人はちゃんと課題を終えようという頑張りがあって、そのための七転八倒なのでしょう。雑音の多い環境で、人以上にがんばって、えらいのです…)、いち早く自分の分の課題を終えられました。先生達はその子の自尊心を伸ばすべく

「すごいじゃない。5枚できるようになったじゃない。」

と肯定的な声かけをしていました。本人も表情が非常によく、自信をつけ始めているようでした。が、その横で年下の大人しい子が突っ伏して、泣いていることには、先生方注意が向きません。

 

これが例えば学校の教室で重なって、「何だか疲れた」と、当人自体の問題ではなく、強いていえばスルースキルがうぶなだけで、病む子もいるんじゃないか‥と見ていました。(その後周囲の年上の子がフォローしてくれていました)

 

インクルージョンにするということは、大人だけが障害のある子の対応をするだけでなく、同世代の子も対応する立場になるという事です。

 

例えば髪を引っ張られた、という場合、問題を起こした子への理解や配慮、指導はもちろんこと、引っ張られた子に「あの子は特別だから、君は泣いたり怒ったりしません」と言う、奇妙な大人都合のプレッシャーをかけないことも、学ばないといけない気がしています。

 

それでは子供同士遊ばせちゃいけないのかというと…。我が子のお友達は、親御さんに叱られそうになると、わらわらとその子を擁護するお友達が出てきます。子供はおそらく、大人よりも、同年齢のクラスメートのほうが、障害の有無などおいておいて、身近でシンクロする存在なのかも知れません。その子への大人の対応が、実は暗に自分への対応でもあるようです。

 

昔教育実習に行ったとき、要注意といわれる子が一人クラスにいました。ただ、にわか者の自分はあまり情報がなく、それが返って功を奏して、クラスでその子が発言をするたび、積極的に拾っていくうち、クラスの子の表情が、本当にみるみるぱーっと明るくなったのを覚えています。

 

大人の視点では、この子を黙らせないと他の子の授業妨害になる、どうにかしなくちゃ、と見えていたのが、実はクラスの子たちは、大人に毎回怒鳴られるその子を、自分たちとさほど差はないと感じていて、自分たちもつらく感じていたのかも知れないと。いわばそのクラスメートは、他の子たちの体の一部かのようでした。その子が受け入れられるということは、自分たちをも伸び伸び受け入れられる、ということなのかも知れません…。

 

我が子の腕に歯型があります。だけど、「もう痛くないよ。全然もう痛くないよ」としきりに言います。まるで、私がお友達に腹を立てるのを、腹を立ててくれるなと言うように。

 

追記: 子供にもよるのでしょうが、他害を受けて、子供の何が傷つくのかというと、自分が攻撃された、ひいては自分が非難され、嫌われたという気持ちではないかと感じるようになりました。

 

我が子への噛みつきが生じてしまったとき、とっさに痛かったね、びっくりしたねとまず十分気持ちを受け止めつつ(先方のお母さんにしたら、ここにたっぷりと時間を割くのは胃が痛いだろうかも知れませんが、ここばかりは被害を受けた子最優先でよいと…)、噛んだ子の様子から、「嫌いで噛んだんじゃないんだよ。どうしよう、どうにかしなきゃ、って思って、思わずガブリってしちゃったんだよ。」と説明しました。すると、我が子の受け止め方が違ったように今では思います。

 

小さいとき、集団保育の場で、なぜか我が子はよく噛まれる子でした。その場にいなかったため、フォローもできない。先生達は忙しく、「痛かったね」と形は受け止めるものの、心の「早く泣き止め」は透けていたんじゃないか‥と思ったりします。さらに保護者への連絡はなし。我が子から直接聞き、歯型から理解。

 

この時我が子はずいぶん「痛かった」を引きずりました。夜な夜なフォローをした記憶があります。

 

噛まれた事実より、その背景が自分への本当の攻撃ではないという理解ができると、案外、他害のダメージは軽減されるものなのかも…と今思い始めています。

 

また、本当に攻撃の意味で噛まれたとしても、その時何か嫌なことがあって激高していた、という状況であれば、これも、「イヤなことをまだ説明ができなくて、思わず噛んじゃったんだと思う。」と、噛んだ子の背景を説明することは、噛んだ子へのフォローだけでなく、噛まれた子にとって、自分を否定される行為(噛む)を、心にあまりダメージを残さずに出来ることと、繋がるかも知れません。

 

追記2:我が子が次第に嫌なことをされたら、じっと困惑顔で我慢せず、ダッシュで走って逃げたり、時に大声で激高するようになりました。我慢するのではなく、二人とも感情をぶつけ、折り合ったり歩み寄ったりすることを学んでいます。

 

お互い一触即発を、不思議なもので、奇妙にケガなくスルーでき、またけろっと仲良しに。そしてまたどちらかが激高し、「やんのかてめえ、この野郎!」みたいな威嚇をしあい、なぜかまた仲良しに。我が子も就学前にきちんと最大限に激高することを学習し、とても良かったように思います。すいません、ありがとうございます。

 

 

三兄弟の起業話

ちょっと釣りタイトルですね…。何も立派に起業をするような話ではなく、

「就職したくないでござる」

みたいな話です。

 

昨日法事でした。旦那の父方の本家の法事でした。旦那は生後間もなく義母の容体が急変し、入院・手術になったおかげで、こちらの家に赤ん坊のころ預けられており、いわば第二の実家。おばさんにオシメを替えられ、お姉さんたちに可愛がられ、台所のテーブルの下でお漏らししたのを、今も聞かされます。

 

旦那の父方は職人一族です。もともとは福島あたりの出身らしいですが、その後満州、戦後引き上げ(その間に兄弟が数名亡くなる)、日本に戻ってきたものの、恐らく身寄りもなく、無一文。さて、どうやって生きて行こう…。

 

亡くなった本家のおじいさん(旦那の父方の長男)が印刷の仕事に若くして入り、その後自ら印刷の会社を立ち上げ、その小さな会社の社長さんに。兄弟もやがて独立して、やはり印刷の会社を立ち上げ、その小さな会社の社長さんになったり、企業に属しながらほぼ独立独歩みたいな仕事をしたり。

 

旦那の一族を見回すと、企業にがっつり属して働いている人は少なく、自営業の空気が強いです。

 

そして助け合い精神がすごく、一番羽振りの良い親戚が、他の親戚にふるまうことを自然としているようです。

「何でも好きなもの食べて、おいさんのおごりだから。」

そう言って、皆に食事のあとデザートのメニューをもって回り、パフェやアイスをむさぼるように食べるのを、目を細めてみる義父。きっと小さい頃は一家も貧しくて、がんばって財をなして、今、あの頃滅多に食べられなかったアイスクリームなんかをみんなに食べさせられる。一番これが嬉しいお金の使い方なんだろうなあと。

 

さて、その一族にも子供ができ、孫ができ。法事のおじいさんの世代は男子がすごく多く、その次の子供世代は女性が多く。現在孫の世代は、再び男子が多いです。その、もっさりした犬が相変わらず仲良く相撲とかとっている(素朴)ような様子は、おじさんたちの頃も、こんな感じにむさ苦しく、仲が良かったのかねえと思わずにはおれない。今時の若者にしては、みんな心根が素朴で、おっとりのんびりしています。

 

孫の一番上の孫が今度就職だそうです。この前大学に入ったと聞いたばかりだったので、月日の経つのは早いです。その、背丈180近くありそうな、頑張ればイケメンの青年は、会うたびコミケの話とかしているんですが、就職したくないでござる症候群。

 

「何で就職活動しなきゃいけないんだろー。就活したくないよー。」

と法事の後の食事会で言う。まあねえ…でも、そこでぐずってニートすると、後が辛いぞ(経験談)とか思ってみていると、

 

「別に就職しなくていいよ。社長になれば。」

「別に就職しなくていいよ。自分で仕事取って来られれば。」

「俺の生きている間に誰か何か発明して、社長になってくれないかなあ。」

「モノづくり大学ってあるってね。モノ作って誰か社長にならないかなあ。」

「バイト掛け持ちしたらいいじゃん。3つくらい」←中学生からの意見

 

「世の中そんなもんだ、いいから黙って就活しろ」と言う人は1人もおらず、すごい自営業推し。さすが職人自営業の一族。みんな亡くなったおじいさんの兄弟、子供。平静を装っていても、お祈りの時間は長く、何を祈っているのかなあと見ていましたが。何となく、その生き方を踏襲するような生き方をまた見たいのかも知れません。

 

そうまで周囲が起業、自営業推しだと、本当に誰かやらないかなと思えて見てしまいました。

 

帰宅後、娘は紙をハサミで切って、セロテープで色々と留めて、好きなキャラクターの必殺技の道具を作っていました。昔から、変にイノベーションする子です。段ボールを渡しておくと、自動販売機を作るといってあれこれやり、毎日裏紙を何枚も取って行っては、自分で何かしら作っています。

 

ここにも職人自営業の血が流れていそうだな…と感じた夕べでした。

 

さてその大学生の親戚は、起業押しの親戚に押され、どうなったかといいますと。

「俺、やりたい事があるんだよね。スマホのアプリ作ろうかな。俺がアニメ作って。絵下手だし、イラストレーターとかないけど。手描きでスキャンして。」

「youtuberやろうかな。顔出しして。」

それを受けて、親戚のおばあさん達の言ったこと。

「あの子はやりたい事があるのよ。」

「大したもんだ。」

 

どこまでも起業推し(笑)。いやあでも、思いがけない起業の才能があ…あるかなあ…。(あるといいけどね)

少人数グループの良さ

先日スーパーで買い物をしていたら、療育のパートをしていた時の先輩(年下)とばったり会いました。

 

通常対人の仕事は、仕事外でプライバシーに触れる話はご法度なのだけど、仕事を離れてもまだ心はスタッフなので(ボランティアに時間があったら行くとも言ってあり)、お許しいただきたい。かつて一緒に見ていたあの子(伏せ)が、その後ずいぶん落ち着いて、リーダー的な役割をしていたこと。無事小学校に上がったこと。そんな話を聞いて、へえ~なんて。

 

そのお子さんは大集団ではどうしていいか分からず、なかなか活動に乗れない状態が続きました。心根はとても良く、そこが前に出てきてくれれば、対人関係もぐっとうまくいき、本人も自己肯定感が上がりそうなのにと、療育先ではスタッフができる範囲であれこれ模索していました。出来る範囲というのは、予算がないのです…。すでにある色んな家具でパーテーションにしてみたり、活動の種類や場所を変えてみたり。

 

私はその後、我が子のことでかかりきりになり、休職→退職をしてしまいました。思えば一緒に見ていたお子さんは一番しんどい時期で、いずれ落ち着くかも知れないとは思っていたものの、ここまで行くとは。言葉も増え、落ち着き、みんなのお手本になる「学級委員だったんだよ~」と。

 

きっかけは小集団だったようです。実態の似た子供を集めた小集団に分け、小集団の部屋で活動するようになったところ、それが良かったようだと。

 

さて、現在の仕事でかかわっているお姉さん。味わい深くて、関わる大人はみんな彼女の大ファンなのですが、まだ少し同世代とはトラブルがある様子。それも年々大きくなるにつれ、減ってきているみたいですが。

 

そのお子さんの勉強を見ているのですが、なかなか集中できる時間が短い。天気が悪かったり何か宜しくないときは、ほぼ勉強ができない。

 

しかし興味関心は非常に強いので、このお子さんの本能は、現在特定の教科にしぼって、ストイックに筋トレみたいに学習するのではなく(一種の閉鎖状態ですよね。自分はこれがむしろ好きで、外国語学習がわりと好きです)、もっと広く世界を知りたいのかもなあと。何か時々、そうすべし、人類のためにと、神様がこの子を特別にプログラムしたのではないかしら、とこのお子さんを見ていると思うのです。

 

何だかその手助けをしたくなってしまい、自分の知っている限りの物理学者の情報をもって行ったり、今後何かに繋がればと、工作(航空力学とか好きらしい)を絡めたり…。

 

そうはいってもどんどん授業からは遅れていくので、正直困ったなあと周囲の先生に相談をしているところでした。

 

が、春になり、いきなりこのお子さんの学力が上がっていました。英単語のスペルがすらすら書ける。文法もかなり勉強している。ほんの数週間の春休みの間に、1年分の勉強を取り返していたのです。…もともとすごい集中力と才能のあるお子さんでしたが、これにはひっくり返りました。

 

聞けば、塾に行き始めたとのこと。うわあ、塾の先生に負けている…と地味に落ち込んだ自分ですが、その塾、小集団のようです。

 

現在その子と私は周囲の事情でマンツーマン体制。

以前家庭教師をバイトでやっていた時期、マンツーマンだとほぼ子守になる自分を実感していました。親御さんがいない時間、お腹がすいたというので、おやつ作っていたり、ゲームの相手したり、友達が家に遊びにきたり…。

現在は場所が自宅ではないので、そこまでではなかったものの、もしかしたら現在関わっていうお子さんも、あるいは一種の子守状態だったのかなあと(苦笑)。

 

それはそれで意義はあることだろうとは思うのですが。たまにマンツーマンではなく、もう一人以上お子さんがいる状況になると、打って変わって緊張しだし、やることをしっかりやる事も思い出しました。見栄っ張りもあるのかも知れません。人並みのですが…。

 

小集団ていうのは、有意義なものなんだなあと実感した春でした。いや、棚に上げちゃいけません。

 

ところでさっきから、なぜか左目だけ涙が止まりません。

山形旅行の思いがけない土産。旦那と娘がどうぶつ将棋にはまる

先日、山形県天童市に行ってきました。宿泊した温泉旅館には、大きな将棋の駒と将棋盤があり、お客さんが自由に将棋が打てるようになっていました。

 

「なにこれ」

と興味津々。たまたま将棋のルールを知っていた旦那と、湯上りに初将棋を打ちました。すると、腕に覚えアリの雰囲気のおじさんがにやにややってきて、のぞき込むなり、

「お嬢ちゃん、こっちに動かせばこのコマをもらえるよ。あ~でも、お父さんのほうが有利かな~」

と、何なら娘の代わりに打つ勢いで参入。いきなり男性2人の真剣対戦になりかけ、天童ならではなのかしらと、いい思い出になりました。対戦、結局どうなったんだっけ。

 

娘はそれが面白かったらしく、帰宅後、紙をちぎってお手製の将棋を作り始めました。といってもマスは2行しかなく、いきなり王手状態からはじまり、先手が必ず勝てるという、ゲーム的に欠陥ばりばりのもの。

 

しかも彼女は自分が勝つために並々ならぬえこ贔屓をするので、彼女のコマは10個ほどあり、相手のコマは「王」のみ。すごい。こんなアウェイな試合ってあるかしら。

 

やる気にならねえと逃げまくっていたのですが、娘が泣く勢いで試合を懇願するので、どうぶつ将棋のアプリを落としました。旦那漢の120円課金。

 

父娘がどうぶつ将棋アプリにどハマり。延々並んでやっています。恐らく旦那が手加減したのでしょうが、娘が父との対戦で勝ったそうで、そりゃもう鼻血を噴き上げんばかりの興奮ぶりです。これで負けていたら、鼻水だらけで興奮するのですが。

 

一方私がアプリをしようとすると、娘が馬乗りになって、泣いてすがって止めるのです。

「だってお母さんは弱いから。負けたら悔しいでしょ。他の人のを見て、私のお手本を見て、練習してからがいいよ。」

「…いや、そんなに悔しくないよ。」

「え、悔しくないの?」

何か、母の精神を守ってくれたようで。

昔のファイル、その頃の自分と生徒

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新年度のお仕事の準備をしています。私は、稼いで、家族でディズニーリゾートに行くんだァァ。

 

この仕事を始めた時、美大上がりの私は、教材を自作することに生きがいを求めておりました。プリントの挿絵とか。あるいはハンバーガー屋さんごっこのハンバーガーを数種類ぬいぐるみで作ったり。

 

今は子供の実態が多岐にわたり、何の縁か、考えてみれば自分がそっちをすすんで選んでいたりもしますが、情緒や知的、学習障害発達障害のあるお子さん、不登校ぎみのお子さんと仕事をすることが多く、各グループ、各子供に対して手探りの手作りになっています。好きで選んだとはいえ、これだとたくさんの数は仕事できないので、充実貧乏でございます。

 

ともかく教材準備の時間が多分今までの比ではない状態です。教材準備時間は無給なので、時給換算すると脱腸しそうですが、しないことにしています。もはや趣味です。恋です。(四六時中という点で)

 

産休育休をまたいではいますが、足掛け7、8年目のこの仕事。きっと今後教材を作りためておけば、いずれ使いまわしが利いて、楽になるはずと思っていました。が、案外使いまわせない(苦笑)。

 

きっと学習指導要領に準じた勉強をしているお子さんを見ていれば、教材を流用は全然可能なのですが、気付けばそうしたお子さんとはあまり縁がありません。初年度と2年目だけだったかもなあ。

 

何か使えるものはないか、と昔のデータやファイルを紐解いていて、写真の紙を見つけました。

 

写真は初年度に、家庭学習の方法を事細かに書いてくださいと依頼されて、作ったもののようです。自分でもぶっこんでいるなと驚いてしまい、初心忘れるべからずと自分に言うために、掲載しました。

 

書いてある内容には「い、異存はございません」状態ですが、これについていけるお子さんだったんだな…。やっぱすごかったんだな…。

 

これを渡した生徒は、とある障害でやむなく仕事先に来ていた子だったので、「悔しい思いをさせてはいけない。君がここに来たのは、都落ちじゃないよ。何なら少人数で教えられるから、普通の学校で学ぶ以上の学力がつくと気づかせてあげる」と、気合いも入っていたのでした。

 

というのも、私の叔父はネフローゼで、非常に優秀だったのですが、根を詰めることができず、なかなか学校に通学することも叶わない人でした。意欲も高く、頭脳もずば抜けて良いのに、体だけが言うことをきかず、自分の人生がどうしてもままならないというのは…。初年度の当時、こうした子をここで教えることが、自分の天命かもなあと思い、猛烈にぶっこんでいたようです。

 

学習指導要領の内容を別に足並み揃えてやる必要はないのだから、進めるなら学年以上の内容にも手を出して、余った時間は大学の内容も持ち出して、興味があるなら大学に聴講に行けばいい。ショートカットでやっちまおうぜ、と。

 

当時のデータを開いてみると、教科書の単元ごとに小テストをしていたようです。今の仕事とはずいぶん違います。それでどんどんやれるお子さんだったんだなあ。

 

今その頃のおびただしい数の小テストのデータを見ると、

「すっげえ仕事していたんだな、私…」

と引きます。が、いやいや、教えたら入り、意欲も高く、カンもよく、家庭学習も行き届いていて、宿題もしっかりやってくる。こちらからすれば、教科書から「ここ重要」というのを何も考えずに抜き出してテストするだけなので、かえって今より楽だったのかもな、とも。

 

このお子さんが勉強に非常に熱心で、決していい加減になったり、気乗りしないとさぼったり、なまけないのには背景がありまして、限られた命である可能性が高い子でした。

 

進行性で、今までできていた事、自信を持っていたこと、改めて努力して獲得したことも、徐々に困難になることを知っており、知識と思考だけは最後まで奪われないからと、こちらもその子とシンクロして、いつも火のついた車輪に追い立てられている気持ちで、教えていたのを思い出します。

 

通常子供に教えているときは、「将来のために」と教える気がします。

 

しかし上記のお子さん、また同じ障害のあったお子さんに関しては、はじめて、「今」のために教えているという感覚でした。今のその子の心のために。

 

現在は一転して、色々な要因があるのでしょうが、「何のために学ぶのか」を手放してしまい、昼夜逆転し、ゲームに現実世界よりも居場所を見出しているお子さんや、発達の凸凹で(大人からするとすごくチャーミングなんですが)同年代の子とぶつかりやすいお子さんや。概してみんな英語が嫌いで^^; 昔写真のようなことをやっていたなんて、すっかり忘れていました。

 

今は段ボールや風船、ハッピーセットの玩具を集めたり、相対性理論の話にお付き合いしたり、youtuberやゲームやアニメの話にお付き合いしたり。

 

「いつか子供の足場が整い、子供がやる気になるまで待つ」というのが、現在の仕事です。結局ゲームや雑談で終わり、学習にならなかったという事も。

 

両極ですね…

 

つうか今日、寒すぎませんか。